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歴史ニュースウォーカー

歴史作家の恵美嘉樹が歴史のニュースや本の世界を歩く記録です

私説「鑑真はガンジーだった」が明快に覆される屈辱。奈良・唐招提寺の鑑真和上座像が当時の色合いで復元【画像あり】

 奈良市唐招提寺の国宝・鑑真和上坐像(8世紀)の当時の色合いや無精髭までも復元した模像が完成して、きのう(2013年4月4日)発表されました。各紙が報じています。
(写真=朝日新聞HP
 鑑真とは、奈良時代に中国の唐からなぜか5度も渡海に失敗しながら、あきらめず、ついに仏法新興国の日本にたどり着いた偉いお坊様です。聖武天皇もこの人の帰依をうけています。


 中学校くらいの歴史教科書で、「鑑真和上座像」(写真=西日本新聞HP)というのが載っていて、どうにもハダが黒い。恵美嘉樹「ははーん、鑑真というのはインドのガンジーのことだな」と早合点して、今まで生きてきました。みなさんもそうですよね?

 ところが、財団法人美術院国宝修理所(京都市)による彩色では、なんということでしょう。ハダが白い!しかも美白のためにオイル(オリーブオイルか?)を塗っていたんだとか。

 このあと、あえてホコリやススを表現して「古く汚くする」という「古色仕上げ」をするので、こうしたフレッシュな色合いは今年限りだそうです。
 6月7日から唐招提寺で国宝と並んで一般公開されます。



朝日新聞(リンク先に動画あり)

 今年が鑑真和上1250年忌にあたるのに合わせ、寺が美術院に制作を依頼。国宝像にわずかに残る顔料から推定して彩色した。今後、黒っぽい色を重ねる古 色仕上げを施し、国宝像に近づけて完成させる。寺の石田智圓(ちえん)長老は「鑑真像と違うのではないかと思うくらい、きれいにできた。(寺への)到着が 楽しみ」と話した。

 また制作の過程で国宝像の表面に油が塗られていたことが分かり、ひび割れを防ぐなどの効果があった可能性があるという。

 国宝像の拝観は6月6日の和上の命日前後の数日間などに限られるが、お身代わり像は1250年忌法要の最終日にあたる6月7日以降、常時公開される。

(略)

毎日新聞

(略)
 本物の坐像は1833年の火災で頭頂部や膝部分が破損し、補修したもので、例年6月に公開している。

 今年が鑑真の没後1250年に当たるのに合わせて、同寺が常時公開できる模像の制作を依頼し、美術院が10年から取り組んだ。実体顕微鏡で顔料の粒子を調査し、けさの部分は赤、青、緑などの鮮やかな配色を忠実に再現した。更に火災前の状態にまで色を近づける。

 同美術院の高田明技師は「本物は顔や肌の色、着衣までもが写実的に彩られている。実際に鑑真和上の肌などを見ながら彩色したのではないか」と話している。【小坂剛志】

読売新聞

 複製は年に数日間しか拝観できない坐像の代役として、2010年12月に制作が始まった。坐像と同じ高さ80センチで、造形を終えた後、今年2月から体や衣、袈裟けさなどを着色。赤や緑などの岩絵の具や染料で縫い目まで再現した。

 今後、顔に植物の油を塗って重厚な質感を出し、すすが付着している坐像に近づけるため、頭や肩などを古びた色合いに仕上げる。費用は約3000万円

 6月5〜9日は坐像も特別公開する。同寺の石田智圓長老は「坐像のお姿より色鮮やかで若返った印象。節目の年に奈良時代と平成の二つの像を、ぜひ見比べてほしい」と話している。

日経新聞

 亡くなった763年(奈良時代天平期)の面影を伝える彩色については、顔料の粒子を顕微鏡で分析するなどして発色を再現したという。
(略)

  6月5日に営む開眼法要の後、同寺・開山堂で一般公開される。同寺の石田智圓(ちえん)長老は「1250年若返られた。まるで湯上がりのよう」と見慣れた国宝像との違いを語った。

古代日本語の魔術師東野圭吾じゃなくてトウノ治之さんの鑑真の新書です。

鑑真の生涯と事績を平明に解説した一書。特に日本にもたらした事柄を詳しく説く。鑑真についての研究は安藤更生氏を筆頭として多くの先学の蓄積がある。しかし、史料の限られる古代史の常として各論異説も多い。著者は奇説、珍説を排して手堅く穏当な説を採用する。もちろん、根拠となる史料の読み込みと論証が伴っているからおおむね納得できる。
 たとえば、鑑真東大寺戒壇院で戒師として日本の僧に具足戒を授け続けた後、高弟に戒師を譲り、唐招提寺を創建する。ここに朝廷や日本の仏教界との対立や悶着を想定する説もあるが、受戒後の僧の5年間の研修を義務づけた教典を根拠に、具足戒を実践する僧団をつくることが寺の目的だったとされる。
(アマゾンレビューより)