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歴史ニュースウォーカー

歴史作家の恵美嘉樹が歴史のニュースや本の世界を歩く記録です

【新年から閲覧注意】2013年の幕開けはツタンカーメンの呪いを解明(新年からなんなんだ、このニュースブログ?と自問自答)【仮面の下のミイラ王の素顔の写真】

書評

あけまして、おめでとうございます。恵美嘉樹です。
恥ずかしながら恵美は、嵐のファンでございます。
恥ずかしながら恵美は、堀北真希のファンでございます。ですので、紅白歌合戦満喫しました。

お正月といえば「ミイラの呪い」ですよね。(神社の本の筆者だろ!とのおしかりは受け止めます)

Replica of King Tutankhamun's Mummy Case at the Rosicrucian Egyptian Museum - 無料写真検索fotoq
photo by mharrsch

今年(2013年)最初のエントリーは、エジプトのツタンカーメンの王墓発掘をイギリスの歴史ジャーナリストが記録したノンフィクション『図説 ツタンカーメン発掘秘史』です。

図説 ツタンカーメン発掘秘史

図説 ツタンカーメン発掘秘史

筆者はレナード・コットレル(1913〜74)で、イギリスBBCのプロデューサーを務めました。
今年発売されたばかりの本ですが、原著じたいは1965年の刊行のものです。

1922年10月28日に発見されたツタンカーメン王墓の発掘について、日本で広く知られている誤解をといてくれます。

その一つは、発掘をしたイギリスの考古学者カーターが、最後の発掘場所として選んだ地点です。

日本では、発掘チームの作業員たちの小屋の下、とされているのですが、

実際には、

発掘チーム(現代)ではなく、3000年前の古代の人夫たちの小屋の跡(もちろん基礎だけが遺構として残っていた)でした。

なにより、この本では、ツタンカーメンの呪いについて、きちっと説明してくれています。

ツタンカーメンの呪いはなかった、という話は、もう当たり前なのですが、そのソースはというと、意外に見あたらない。

その点、筆者のコットレルは現地を取材したことで、自身も「ツタンカーメンの呪いにかかった」と言われた人なので、同時代的なソースです。

まずは背景として、マスコミから発掘隊が「嫌われていた」ことがあります。それは彼らが通信社の「タイムズ紙」と独占契約したので、殺到したマスコミが憤慨していたということ。


そうしたなかで、発掘隊のパトロンのカーナヴォン卿が蚊にさされて高熱をだし、肺炎で死んでしまいました。

「王墓」に入れてもらえなかったマスコミは、情報が少なかったこともあり、ここぞとばかり「ファラオの呪い」と書き立てたのです。マスコミもわざわざエジプトにまで人を送ってなにも書くことがないとなると、こうした信憑性が低くても、「書きやすい」「話題になりやすい」ネタに飛びつくわけです。

事実はどうったのか。この墳墓が開かれた10年後には、この墓に立ち入った人の一人を除き、全員が生存していた
カーターは1939年まで生きながらえ、66歳でこの世をさった。
写真家のバートンおよび古代遺物の主任検査官、のちのカイロ博物館の館長、レックス・エンゲルバッハもまた平均的な寿命をまっとうした。

ファラオのミイラの解剖を担当した(それゆえに誰よりも呪われてしかるべきである)ダグラス・デリー博士は80歳を過ぎるまでの天寿をまっとうした


わたしが1954年にエジプトでデング熱に罹りその結果、膝が2、3週間麻痺したことがあるが、そのときでさえ英国のある新聞社は「BBCのプロデューサーである作家が、ファラオに呪われた」という大きな見出しでこのことを報じた

古今東西問わず、呪いネタは永遠の良質コンテンツのようです(笑)。

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なお、ネフェルティティとツタンカーメンは母子説が有力です。

Nefertiti - 無料写真検索fotoq
photo by @rild

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ここから下にはツタンカーメンのミイラの顔の画像があります。閲覧注意



























<ひきかえせ>














<まだ間に合う>








<呪われるぞ>









<呪いなんてない、どうぞご覧ください(本書から)>




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