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歴史ニュースウォーカー

歴史作家の恵美嘉樹が歴史のニュースや本の世界を歩く記録です

震災遺産は壊すべきか、次世代に残すべきか

震災・環境

震災したモノをどうするか。非常に難しい問題だ。
(色々な面で)ちょっと離れて考えると、残したほうがいい。津波の歴史をビジュアルで伝えるもので、後世の人たちに対して、最も効果的な「減災資産」となる。世界遺産となっている広島の原爆ドームが、あとの時代の人間に、戦争の愚かさを伝え続けているのはいうまでもない。
 
 だが、そこで死んだ人の遺族には「見たくもない。早く撤去を」という人もいる。一方で、下の陸前高田の女性が母のなくなった場所をモニュメントとして残してほしいという意見もある。




 宮城県南三陸町で職員らが亡くなった防災対策庁舎は、まさにその議論のど真ん中にある。

恵美嘉樹撮影=

 9月24日に「3.11震災伝承研究会」という有識者で作る会(東北大の津波研究者らが中心らしい)が、庁舎を含めて保存すべきとの意見をまとめ、リスト3.11震災伝承研究会を公表した。
 一方、その翌日の25日、町議会は解体撤去を議決した。




 住民の意見を聞くのは、もちろん後者である。だが、3・11の前に、様々な研究結果をもとに東北の津波の危険性を主張してきた研究者たちの声は、長い目で見たときには重く受け止めるべきだと思う。彼らの科学的な声を行政や議会、電力会社が結果的に聞き耳をもたずに、原発事故にもつながったのことも事実なのだから。




河北新報 東北のニュース/宮城震災遺構46ヵ所候補 伝承研究会保存リストソースURL: http://www.kahoku.co.jp/news/2012/09/20120925t13019.htm

 宮城県内外の有識者らでつくる「3.11震災伝承研究会」は24日、東日本大震災津波の猛威や教訓を伝える「震災遺構」として、構造物や自然景観など県内46カ所の保存候補を発表した。現時点で保存に動きだした例は少ない。研究会は近く各自治体にリストを郵送するほか、県や国にも示し、保存に向けた活動を加速させる。
 研究会座長を務める減災・復興支援機構(東京)の木村拓郎理事長と谷口宏充東北大名誉教授が県庁で記者会見し、メンバー13人が選んだ保存候補を示した。
 主な候補は表の通り。気仙沼市鹿折地区に打ち上げられた大型漁船「第18共徳丸」、町職員ら42人が犠牲になった南三陸町の防災対策庁舎、津波で横倒しになった女川町の女川交番や江島共済会館など鉄筋コンクリートのビル3棟などを盛り込んだ。
 学校の減災対策に生かすため、多数の児童と教職員が犠牲になった石巻市大川小をはじめ、被災した7小中学校も含めた。海岸林による津波の減衰効果が分かる仙台市宮城野区の南蒲生地区や、津波の力で形成された山元町の「津波湾」のような自然景観も入れた。
 (略)

2012年09月25日火曜日

河北新報 東北のニュース/思い崩さず 母へのメッセージ壁切り出し 陸前高田ソースURL: http://www.kahoku.co.jp/news/2012/09/20120926t35025.htm

 東日本大震災津波で犠牲になった母親への娘からのメッセージが書かれた岩手県陸前高田市中央公民館の壁の保存作業が25日、現地で始まった。作業は10月1日まで。壁の一部を切り出し、保護処理を施した上で市内の保管場所に運ぶ。
 特殊なカッターを使い、厚さ14センチの壁のメッセージ部分、縦160センチ、横100センチを26日までに切り出す。その後、2日間かけて壁の保護のため化学処理を施す。
 作業を請け負う太平洋テクノ仙台営業所の芦谷原知所長(41)は「技術的に難度が高い工事だが、津波の悲惨さや遺族の思いがこもった壁なので、後世に残せるよう慎重に作業を進めたい」と話した。
 市は切り出した壁を震災のモニュメントとする方針だが、具体的な活用方法は決まっていない。
 メッセージは中央公民館職員だった同市の女性=当時(58)=に宛てて、娘の姉妹が書いた。「天国で私たち家族を見守ってね」などと記されている。

2012年09月26日水曜日

河北新報 東北のニュース/南三陸町防災庁舎の解体陳情 本会議全会一致で採択ソースURL: http://www.kahoku.co.jp/news/2012/09/20120926t11036.htm

 宮城県南三陸町議会9月定例会は25日、町職員ら42人が死亡・行方不明となった町防災対策庁舎の解体をめぐり、職員遺族や町民有志が提出した陳情3件を本会議で採決した。「早期解体」を求める遺族の陳情書を全会一致で採択し、「解体の一時延期」と「保存」を求める陳情を不採択とした。

 陳情が付託された24日の町議会東日本大震災対策特別委では、「なぜ震災のシンボルとして防災対策庁舎を残さなければならないのか」や「大津波の恐怖を後世に伝えるために残すべきだ」など議論が交わされ、早期解体を求める陳情が賛成7、反対6と賛否が拮抗(きっこう)していた。
 議場では早期解体の陳情に署名した10人以上の遺族が採決を見守った。
 (中略)
 佐藤仁町長は昨年9月、遺族の心情に配慮し解体の意向を示し、来月末までに取り壊す方針だが、着手時期は未定。
 陳情は8月から今月にかけて相次ぎ提出され、24日の特別委で佐藤町長は「ご遺族の思いは平等に尊重しなければならない。悩ましい」と答弁した。

2012年09月26日水曜日


2番目の記事の陸前高田での保存活動をしてきた岡山理科大教授の富岡直人さんのツイートが、まとをえていると感じた。