あのイギリスのリチャード3世の骨が駐車場から見つかりました!だれよ?
イギリスの暗黒史を彩るリチャード3世(かもしれない)骨がイギリス中部の駐車場から見つかりました!
世界史のビッグニュースです!って、リチャード3世ってだれ?
=wikipedia(イギリス)より
リチャード3世(1452―1485)とは、兄の子(つまり甥)のエドワード5世が12歳で即位すると、王の補佐となりながら、すぐに「王は非嫡出子だ」と主張して、廃位させ、みずから王位につきました。さらにエドワード5世とその弟の少年王族兄弟をロンドン塔で殺害しました。(´・ω・)カワイソス
ところが、悪人必滅。内戦で、戦死してしまいましたとさ。
シェークスピアが「リチャード3世」という歴史戯曲をつくり、極悪非道な人物として描かれています。
日本史だと、うーん、難しいですけど、後白河法皇など「院政」を敷いた人たちが近いイメージですかね。
リチャード王は、せむし(脊柱後湾症)だったと言われていましたが、見つかった骨も脊柱後湾症が見られることなどから、かなりの確度で、本人だろうと見られているとか。今月(2013年1月)にも結果がでるそうです。
追記)2月4日に、公式発表があり、DNA鑑定などの結果、本人と認められました。
イギリス中部のレスターで、駐車場の地下から遺骨が発掘された。この駐車場は教会の跡地に造られており、遺骨は中世のイングランド王、リチャード3世のものである可能性が高いという。リチャード3世は1483年に王位に就くが、わずか2年後のボズワースの戦いで命を落とした。シェイクスピアの史劇でも、非常に個性的な人物として描かれている。発掘チームは最先端の技術を用いて人物特定を試みており、結果は2013年1月に公表される予定だ。
イギリス、レスター大学のチームがリチャード3世の埋葬地を発掘したのは2012年8月。歴史記録によれば、ボズワースの戦いで死亡したリチャード3世の遺体は、敵軍が近くのレスターに運んで民衆にさらした後、地元のフランシスコ会神父が教会の聖歌隊席に埋葬したという。やがて教会が取り壊されたため、埋葬場所もわからなくなっていたが、チームは過去の地図を詳しく調査、現在の駐車場にあたると突き止めた。そして、駐車場の地下を掘り進めていくと、記録上のリチャード3世の埋葬場所と完全に一致する地点から、男性の遺骨が発見された。
(略)
いずれにせよ、レスターでは遺骨の調査が進められており、計画通りにいけば2013年1月に結果が判明する。リチャード3世と特定された場合、同年中にレスターで大規模な王室イベントを開催するという。イギリス政府は、遺骨をレスター大聖堂に埋葬する意向を示している。
関連リンク
- 「血塗られたロンドン塔」HP「城にまつわる呪われた話」
photo by conorwithonen