門田隆将著『「吉田調書」を読み解く 朝日誤報事件と現場の真実』を読む
<あれほどの大キャンペーン記事を、たった一人の1Fの現場の人間を掴まえることもしないまま”GO”することができる新聞。すなわち、自分たちの主張したい記事を書くためなら、「事実」などどうでもいいと考えていることを示している。>(94頁)
この一文が、朝日新聞のダブル吉田誤報問題の真相といえるだろう。
特に福島原発の「所員が逃げた」の誤報について、いち早く疑義を唱えたジャーナリストの門田隆将氏が今回の一連の「事件」をまとめた『「吉田調書」を読み解く 朝日誤報事件と現場の真実』(PHP、1300円)が11月13日に刊行された。
筆者(恵美)は、門田氏が吉田所長にインタビューした『死の淵を見た男』(PHP)を読んでいたため、朝日の「逃げた」報道について、自分のブログでおかしいと声をあげたが、まさかこんな展開になるとは想像もしていなかった。
3月15日の福島第一原発 吉田所長の退避指示を巡る朝日新聞と門田隆将本の大きな違い - 歴史ニュースウォーカー
今回の一連の「事件」の背景になにがあったのか。また、一人のジャーナリストにすぎない門田氏に対して「ジャーナリスト宣言」をかつてしたことのある朝日が組織をあげて法的措置をちらつかせた暗闘など、すさまじい舞台裏がかかれている。(もちろん門田氏視線で)
また、公開された「吉田調書」は内閣府のサイトでPDFで公開されているが、数日間にわたる調書なので何百頁の長さで、とても隅から隅まで読み切れない。(技術的な話が多く、該当の部分を探すのが大変だった)
本書では、調書も分かりやすく、ダイジェストに読み解いており分かりやすい。
「おわりに」で、門田氏は「世の中には、反原発、原発推進など、さまざまな立場の人がいる。しかし、本書は、それら一定の主張を持った人々とは一線を画すものである。物事に「絶対」はないように、特定の主張や立場からしか物事を捉えようとしない人々には本書の内容は、相いれないだろう」と書く。しかし、本書は原発推進派の人にとっては、原発をコントロールすることの難しさと人材育成の重要性(およびその困難さ)が分かるだろうし、反原発の人にとっても、朝日新聞のごく一部(だろう)の記者たちによって長くゆがめられてきた原発報道に基づく運動を修正するよい機会になるのではないだろうか。
目次
1章 朝日新聞の「吉田調書」報道
2章 謝罪会見
3章 全電源喪失
4章 ベントの死闘
5章 海水注入をめぐる攻防
6章 部下たちへの感動
7章 東日本壊滅の真実
8章 「全員撤退」問題の決着
9章 現場は何と闘ったのか
10章 津波対策と新聞報道
11章 吉田調書が残した教訓
- 作者: 門田隆将
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2014/11/13
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログ (2件) を見る
- 作者: 門田隆将
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2012/11/24
- メディア: 単行本
- 購入: 6人 クリック: 149回
- この商品を含むブログ (47件) を見る
朝日新聞が吉田調書、吉田証言ともに誤報を認め謝罪
9月11日の朝日新聞社長の事実上の辞任会見で、この数か月の怒濤の動きは一つの山場を迎えたでしょう。
感慨深いのは、吉田調書です。
朝日新聞が5月20日に「吉田所長の命令違反で所員逃げ出した」との報道に対して、その日のうちに
3月15日の福島第一原発 吉田所長の退避指示を巡る朝日新聞と門田隆将本の大きな違い - 歴史ニュースウォーカー
というエントリーを書きました。
その時はもちろん、「朝日のスクープすげー」「新聞協会賞だ」とネットなどでも絶賛の嵐の中での小さな反旗でした。
上のエントリーで追記、追記を重ねているように、
6月になって、吉田所長に生前唯一報道機関やジャーナリストでインタビューをした門田隆将氏が反論のエントリーをブログで発表。
それをうけて週刊誌などが一斉に疑問視する報道を始める。
なんと朝日新聞は疑問の声に対して損害賠償をちらつかせて抗議文を乱発しました。
8月はじめに、直接は関係ないですが、いわゆる従軍慰安婦問題で「吉田証言」記事を撤回
しかし謝罪せずで、炎上。
8月中旬に
まず産経新聞が口火をきり、吉田調書を入手。これを受けて政府が近い将来の吉田調書公開を約束すると、NHK、読売新聞、共同通信(毎日も掲載)が、独自に入手して、次々に朝日誤報を指摘し、四面楚歌となりました。
そしてきのうとうとう政府が吉田調書をネットで公表したところ、(まさかネットで全文公開と思っていなかったのかもしれません)あわてて、誤報を認める謝罪会見を開きました。
これを機に、ちゃんとした新聞に生まれ変わることを期待します。
吉田調書を読む
ハフィントンポストが公開している調書で、
朝日誤報や「我々のイメージは東日本壊滅ですよ」など核心部分のPDF
http://big.assets.huffingtonpost.com/077_1_4_koukai.pdf
菅直人らを批判するシーンが入っているPDFはこちら
http://big.assets.huffingtonpost.com/077_2_koukai.pdf
何日、何時間も聴取をして、質問者と信頼関係ができて、さらに長時間の聴取のつかれもあって、べらんめいちょうで本音を話している様子がうかがえる。
初日(7・22)の質問のときは、菅直人に対して敬語をつかっている。
http://big.assets.huffingtonpost.com/020_koukai.pdf
12日に1号機が水素爆発して一時40人不明「私そのとき死のうと思いました」発言→その後、みんな現場にいこうとして感動する
http://big.assets.huffingtonpost.com/051_koukai.pdf
6冊目となる単著「日本古代史紀行 アキツシマの夢」9月15日発売
東海道新幹線グリーン車の機内誌(車内誌)「ひととき」で4年にわたり連載させていただいた「アキツシマの夢」が単行本になります。
時系列をそろえて、一部書き下ろしの項目もあります。
秋の旅のシーズン、ぜひ本書を手に日本各地を旅して、古代人の息と古代日本の風邪を感じていただければ幸いです。
アマゾンで予約受け付け中です。
↓
- 作者: 恵美嘉樹
- 出版社/メーカー: ウェッジ
- 発売日: 2014/09/15
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログ (1件) を見る
息子の墓を見下ろすから蘇我稲目の墓ってないわ〜
お盆直前に突如発表された明日香村の稲目の墓。
もやもやしたけど、やっぱりないわ〜って感じなのでメモしておく。こんな文献ゼロで、個人の墓と特定って考古学界それでいいのでしょうかね?
古墳にこーふんする人なら、「ほかに例のない石段の古墳」というのも、うっそ〜?あるでしょってツッコミたくなりませんか?
4段分しか出ていないのに、「8段」まであってピラミッド型になるとか。うーん。
マニアの多い中世・近世の城郭なら総ツッコミが入るニュースですが、絶賛の嵐ばかりで、古墳・古代史マニアはやっぱり桁違いに少ないのだろうかと想像しています。
奈良県明日香村にある飛鳥時代初期(6世紀後半)の都塚(みやこづか)古墳が、一辺40メートル以上の巨大な方墳で、国内に例がない階段ピラミッド状と判明し13日、関西大と村教委が発表した。現場は蘇我氏の拠点地域で、古代朝廷の実力者・蘇我馬子の墓とされる石舞台古墳に近いことなどから、専門家は「馬子の父で、蘇我氏の権勢の基礎を築いた蘇我稲目の墓の可能性が極めて高い」としている。(産経)
産経では、「高句麗の王陵「将軍塚古墳」(4〜5世紀、高さ約13メートル)は階段ピラミッド状で、百済の古墳にも似た形があることから、古代朝鮮がルーツとの見方もある。」とするように、石をつかってピラミッド型につくる古墳は渡来系の影響を受けたものとして、この時代に割りとあって、「初」なんてものではないです。
古墳にこーふんする人ならぱっと思うのは岡山県真庭市の大谷1号墳でしょう。
真庭観光協会HPから
あしもとの奈良県内にも有名な石のカラト古墳(木津川市・奈良市)があるじゃないですか。
木津川市観光協会HPより
そうそう、お墓じゃないですが奈良時代にお坊さんの行基がたてた土塔(大阪府)なんてのもありますね。
畿内国倭御魂ブログさんより
しかし、専門家のみなさんはそういう類例を知らないのか(知らないはずはない)
白石太一郎・大阪府立近つ飛鳥博物館館長(考古学)は「こんな特殊な構造の方墳は国内で見たことがない。蘇我一族の有力者の墓だろう」と話す。(朝日)
特異な墳丘について、木下正史・東京学芸大名誉教授(考古学)は「類例がなく、日本の系譜では浮いてしまう」と首をひねる。(読売)
まじかよ〜
飛鳥の谷は王都と言われていますが、もともとは考古学的にも渡来人たちが入植した土地に、あとから大王家が「ここいいところやな」と都を置いた場所とみられていたはず。
そうした見地(下にそう主張されている人のコメント見つけました)を踏まえれば、この墓はまずその渡来系集団の長の墓というところから始めるべきじゃないでしょうか。
すべてすっとばして、いきなり、息子の馬子や天皇たちの陵墓と違って、文献(日本書紀など)に場所の記載が一切ない稲目を出してくるという。しかも、村と関西大学が発表したとなっているのに、村が「稲目の墓でしょう」という発表ではなく、関西大の人でもなく、専門家とする人たち(名のある人たちですが)がいっせいに「稲目」「稲目」といって、それが新聞の大きな見出しになっちゃうという、いったいなにがどうなっているんでしょう?
この日、西光慎治・村教委調整員と米田文孝・関西大教授(日本・南アジア考古学)が村内で記者会見して説明した。米田教授は「世界遺産登録を目指す『飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群』にとって追い風になる」と話した。(読売)
おっと、ちゃんと異論を言っている専門家もこっそりいっらしゃいましたね、ゼロではなかったです。
小沢毅・三重大教授(考古学)は「石舞台古墳周辺が蘇我氏の領域になるのは馬子の頃。稲目の時代は飛鳥のもっと北や西だった」と指摘。稲目が朝鮮半島の女性をめとって住ませた「軽の曲殿まがりどの」とされる地域のすぐ南側に位置する橿原市の五条野丸山古墳を稲目の墓と主張する。(読売)
3月15日の福島第一原発 吉田所長の退避指示を巡る朝日新聞と門田隆将本の大きな違い
本日(20日)、朝日新聞が以下のようなスクープ記事を出しました。
私の記憶が正しければ、吉田所長の単独インタビューを、NHKも朝日新聞も大手メディアはどこもとれていないはずです。
それで、非公開の政府調査委員会が聴取したものを入手したのでしょう。
世間ではあまり知られていないのでしょうけど、唯一ジャーナリズムで単独彼にインタビューした人がいます。ノンフィクション作家の門田隆将氏です。本『死の淵を見た男』(2012年、PHP)になっています。
とはいえ、書籍なのでいくら売れてもたいして一般には知られていないはず。
とはいえ×2、吉田所長が亡くなったときにはNHKニュースに「会ったことがある人」としてゲストコメンテーターに呼ばれていたので、メディアの間では有名なのでしょう。
で、3月15日の、第一原発の作業員のほとんどが第二原発に退避したという話は、残った人が50人ほどしかいなかったということですでに「フクシマ・フィフティーン」として知られています。(実際は69人)
本当に吉田所長の命令に違反していたのか?
ところが、朝日新聞によれば、吉田所長は「退避ではなく待機命令」を出したのに、みんな逃げてしまい、彼らは期せずして”50人”になってしまったということになります。
一方の門田本では、吉田所長が退避命令を出しています。
これは、今も原発で作業にあたったであろう東電や関係会社の社員たちの名誉にかかわる話です。
朝日新聞ではこうしています。長い引用になりますが、その内容の正否について比較が重要となるので引用させていただきます。
吉田調書や東電の内部資料によると、15日午前6時15分ごろ、吉田氏が指揮をとる第一原発免震重要棟2階の緊急時対策室に重大な報告が届いた。2号機方向から衝撃音がし、原子炉圧力抑制室の圧力がゼロになったというものだ。2号機の格納容器が破壊され、所員約720人が大量被曝(ひばく)するかもしれないという危機感に現場は包まれた。
とはいえ、緊急時対策室内の放射線量はほとんど上昇していなかった。この時点で格納容器は破損していないと吉田氏は判断した。
午前6時42分、吉田氏は前夜に想定した「第二原発への撤退」ではなく、「高線量の場所から一時退避し、すぐに現場に戻れる第一原発構内での待機」を社内のテレビ会議で命令した。「構内の線量の低いエリアで退避すること。その後異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう」
待機場所は「南側でも北側でも線量が落ち着いているところ」と調書には記録されている。安全を確認次第、現場に戻って事故対応を続けると決断したのだ。
東電が12年に開示したテレビ会議の録画には、緊急時対策室で吉田氏の命令を聞く大勢の所員が映り、幹部社員の姿もあった。しかし、東電はこの場面を「録音していなかった」としており、吉田氏の命令内容はこれまで知ることができなかった。
吉田氏の証言によると、所員の誰かが免震重要棟の前に用意されていたバスの運転手に「第二原発に行け」と指示し、午前7時ごろに出発したという。自家用車で移動した所員もいた。道路は震災で傷んでいた上、第二原発に出入りする際は防護服やマスクを着脱しなければならず、第一原発へ戻るにも時間がかかった。9割の所員がすぐに戻れない場所にいたのだ。
その中には事故対応を指揮するはずのGM(グループマネジャー)と呼ばれる部課長級の社員もいた。過酷事故発生時に原子炉の運転や制御を支援するGMらの役割を定めた東電の内規に違反する可能性がある。
吉田氏は政府事故調の聴取でこう語っている。
「本当は私、2F(福島第二)に行けと言っていないんですよ。福島第一の近辺で、所内にかかわらず、線量が低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに着いた後、連絡をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです」
第一原発にとどまったのは吉田氏ら69人。第二原発から所員が戻り始めたのは同日昼ごろだ。この間、第一原発では2号機で白い湯気状のものが噴出し、4号機で火災が発生。放射線量は正門付近で最高値を記録した。(木村英昭)
一方、門田本では248頁からこのシーンが出てきます。
吉田所長は15日午前4〜5時頃に、協力会社の社員たちに対して
「皆さん、今やっている作業に直接、かかわらいのない方は、いったんお帰りいただいて結構です。本当に今までありがとうございまっした」緊対室の廊下に出た吉田は大声でそう叫んだ。(略)最期が近づいていることを誰もが肝に銘じた。免震重要棟から一歩外へ出るということは、放射能汚染の中に「出ていく」ということである。しかし、その危険を冒してでも、今は、ここから「離れる」ことのほうが重要だったのである」(249、50P)
と指示している。
そして、吉田所長は門田氏に対して以下のように話し、少数を残して撤退しようとしたことを明らかにしている。(一部)
「私はあの時、自分と一緒に”死んでくれる”人間の顔を思い浮かべていたんです」
「何人を残して、どうしようかというのを、その時に考えましたよね。ひとりひとりの顔を思い浮かべてね。(略)」
「(略)極論すれば、私自身はもう、どんな状態になっても、ここを離れられないと思ってますからね。その私と一緒に死んでくれる人間の顔を思い浮かべたわけです。これは、発電班の連中よりも、特に復旧班なんですよ、水を入れたりする復旧班とか、消火班とかですね」(252頁)
問題の午前6時台。
再掲になりますが、朝日では、6時42分に吉田所長は
「高線量の場所から一時退避し、すぐに現場に戻れる第一原発構内での待機」を社内のテレビ会議で命令した。「構内の線量の低いエリアで退避すること。その後異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう」 待機場所は「南側でも北側でも線量が落ち着いているところ」と調書には記録されている。
としています。
一方の門田本
吉田所長の「指示」が飛んだ。
「各班は、最少人数を残して退避!」
(略)
「(残るべき)必要な人間は班長が指名すること」
(略)
(*以下は吉田の部下の伊沢氏の話として)
「この時点で技術系の人間ではない人たちも含めて免震重要棟には大勢の人(注=六百人以上)が残っていました。吉田さんは、技術系以外の人は早く退避させたかったと思います。しかし、外の汚染が進んでいましたから免震重要棟から外に出すことができなくなっていたんです。でもこの時、もうそんなことを言っていられない状況が生まれたわけですから、最小限の人間を除いて、二F(福島第二原発)への退避を吉田さんが命じたんです。退避を命じることができたことで、吉田さんがある意味、ほっとしただろうと思ったのは、私自身が当直長として部下たちと一緒に中操に籠もっていて、同じような立場にいたからだと思います」
(268頁)
退避のシーン朝日新聞では、
吉田氏の証言によると、所員の誰かが免震重要棟の前に用意されていたバスの運転手に「第二原発に行け」と指示し、午前7時ごろに出発したという。自家用車で移動した所員もいた。道路は震災で傷んでいた上、第二原発に出入りする際は防護服やマスクを着脱しなければならず、第一原発へ戻るにも時間がかかった。9割の所員がすぐに戻れない場所にいたのだ。
と、吉田所長の意に反して誰かが第二に逃げるように指示したように読めます。
門田本ではこのシーンはこうです。
退避する人たちが全員マスクをつけていくと、残って作業をする人間のマスクがなくなってしまう。そうなれば、「現場に近づくこと」ができなくなる。
残る人間のために一部のマスクは隠された。絶対数が足りなくなるため、多くの人が奪い合いとなった。
マスクを確保できない人間は、ハンカチを口にあててバスに飛び乗ったり、駐車場に置いてある通勤用の自家用車に分乗していった。(273頁)
「本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ」の真意
このように、朝日新聞と門田本ではだいぶずれがありますよね。
1) 門田本では、吉田所長は1エフからの退避を明快に指示しています。少なくとも、指示を受けた人たち(残った人たちも含めて)はみんな、2エフ以外に、南相馬市だとか、双葉町だとか、現状がどうなっているか全く分からない場所に退避しろという指示とは考えていません。1エフからの退避=2エフしか選択肢がなかったの現実でしょう。
2)免震棟の外に行くこと自体が危険だった。わざわざ放射能的には安全の免震棟を出て、どこに放射能値が低いところがあるかなんて分からない状態で、南でも北でもいいからとにかく敷地内にいろ、という命令を出したなんてありうるのか。
3)外が汚染されている状態で600人がマスクやタイベックを使って一時的に外にでて、またすぐに戻ってきたら、足りないマスクなどがさらに足りなくなって、その後の作業ができなくなる。
「本当は私、2F(福島第二)に行けと言っていないんですよ。福島第一の近辺で、所内にかかわらず、線量が低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに着いた後、連絡をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです」
この吉田所長の言葉も、「 と言ったつもりなんですが、」に、朝日記事の文脈では、逃げた人たちへの批難めいたニュアンスがありますが、門田本の文脈から読むと、単に事実を淡々と伝えているだけです。
たとえば「と言ったつもりなんですが(みんな私の気持ちを分かってくれていて、すぐに連絡がつくようにバラバラにならずに2Fに全員が移動してくれた。それで事態が落ちついたので)2Fに着いた後、…」とすると、全然逆の話、吉田所長がみんなを信頼して、その行動に応えてくれた600人をたたえる言葉になります。
ちなみに、朝日新聞の記事からは、この判断ミスが致命的だったような印象を持たせますが、記事にもあるように、一度、2Fに退避した人たちのほとんどが翌日には1Fには戻ってきて、また復旧作業をしています。朝日新聞では彼らが残っていれば止められたような書き方ですが、その後も血の出る(文字通り血尿を出しながら)復旧作業によって、とりあえず今のところ、「日本が三分割」という最悪の事態が避けられたことを、彼らの名誉のためにも記したいと思います。
とはいえ(*3回目)、政府がこの調書を公開しないのはよくないことだと私も思います。なんで出さないんでしょう?
なんで「とはいえ」を何回も使ったかというと、なにかへ誘導したいときに「とはいえ」というのを使いたがるんですよね、物書きって。
【追記】
はてぶでコメントくださったみなさんありがとうございます。それぞれとても示唆にとんだコメントで、私も色々気付かされました。
とくに id:nacamulaさんのコメントに、「あー、自分のモヤモヤはここだったんだ」と思いました。
「福島第一の近辺で、所内にかかわらず、線量が低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが」を、所内に留まれ、と解釈するのは勇み足かもね。福島第二も近辺だとも言えるし。
「所内にかかわらず」は、ここだけ抜き出すと、「ムリして所内にとどまるな」という意味ですし、朝日新聞では「高線量の場所から一時退避し、すぐに現場に戻れる第一原発構内での待機」を社内のテレビ会議で命令した。「構内の線量の低いエリアで退避すること。その後異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう」としていて、この「構内の」の部分だけが、2Fでなく1F内にとどまれという根拠になっているんです。
が、かぎカッコ内ではありますが、書き方として、吉田所長がいった言葉(調書で明記されているもの)なのか、東電が隠しているというTV会議の内容を取材したものなのか、がはっきりしないんですよね。
吉田所長が本社向けにする話と、現場での指示が違ったことはすでに明らかになっていますので(本社が海水注入ストップを指示して吉田所長は了解したが、実は続行しつづけていた=命令違反ではあるがこの決断が日本を救った)。
なので、吉田所長が本社向けに(というか菅直人向けに)「退避はしますが1F内です」というウソをテレビ会議で言い、現場では最初人数を残して1Fからの退避を命じたということもありそうだなぁと。
とはいえ(4回目)、政府が公開しないからこういう疑義がでるので、ぜひ公開してほしいものです。同じように朝日新聞が全文を公開してくれたら話が早いので、バンと!公開していただきたいものです。
【追記2】 吉田調書は隠蔽されていたものではなく、吉田氏本人が誤解があるからそのままでは公開しないでほしいと言っていたようですね。
【追記3】 門田氏が反論を6月1日に公開しています。
http://blogos.com/article/87529/
- 作者: 門田隆将
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2012/11/24
- メディア: 単行本
- 購入: 6人 クリック: 149回
- この商品を含むブログ (47件) を見る
【追記4(6月27日)】 週刊誌で疑問が指摘されるようになり、その報道に対して朝日新聞が疑義を晴らす説明ではなくていきなり名誉毀損の法的措置をちらつかせている事態になっています。
なかでもサンデー毎日は当時の職員の人たちに取材をしたところ、みな「吉田所長の指示どおりに2Fにいった」と証言しているのだそうです。
ネット掲載分の朝日新聞(紙面にのっていたら教えてください)をみるかぎりでは当時の職員たちへの取材はしていないようです。
当初、朝日のスクープを褒めていたジャーナリストも疑義をなげかけるようになっています。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39685
上記の記事でわかったのは、サンデー毎日が職員を再取材したこと。あとすでに指摘したことの疑念がさらに高まったのは、「1Fに退避」といった言葉がすでに職員の退避後の時間帯に東電本社に対して行った「ウソの報告」である可能性が高いという点でした。
どうも、吉田調書と柏崎メモという二つの書面が合致したことだけで「やったースクープだ」と思いこんで、本来は必須の当時いた人で現存する人への確認を怠ったのではないでしょうか?
【追記5(8月21日)】
どうやら朝日新聞が誤報だった可能性がぐんと高まりました。
ご存じのように8月18日に、産経新聞が同じく吉田調書400頁を入手して報道したのです。
この間、共同通信が調書ではなく、当時いた人たちへの取材で、朝日が誤報であることをすでに浮かび上がらせたそうですが、今回のは致命的です。
そして衝撃的なのは、朝日新聞「吉田誤報」ですよね。こっちの吉田は、例の従軍慰安婦です。この1か月の間に、朝日を代表する吉田スクープ2本ともが誤報である、しかも(意識していたかはともかく)いずれも日本の信頼を国際的に毀損する誤報です。(まだ吉田調書については朝日は誤報と認めていないようですが)
で、朝日がいかに吉田調書で間違ったかについては産経新聞が今回も(苦笑)鬼の首を取ったように書いていますので、ご参照いただければ。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140818/plc14081805000001-n1.htm
朝日新聞は、吉田調書を基に5月20日付朝刊で「所長命令に違反 原発撤退」「福島第1 所員の9割」と書き、23年3月15日朝に第1原発にいた所員の9割に当たる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第2原発へ撤退していたと指摘している。
ところが実際に調書を読むと、吉田氏は「伝言ゲーム」による指示の混乱について語ってはいるが、所員らが自身の命令に反して撤退したとの認識は示していない。
また、「退避」は指示しているものの「待機」を命じてはいない。反対に質問者が「すぐに何かをしなければいけないという人以外はとりあえず一旦」と尋ねると、吉田氏が「2F(第2原発)とか、そういうところに退避していただく」と答える場面は出てくる。
で、問題の「命令に違反して2Fに逃げた」ですが、朝日lでは
そんな懸念が持ち上がる状況のもとに飛び込んできた圧力ゼロと爆発音という二つの重大報告。これらが、2号機の格納容器が破壊されたのではないかという話に結びつけられるのは当然の成りゆきだった。
格納容器が破れると、目と鼻の先にいる福島第一原発の所員720人の大量被曝はさけられない。「2F」すなわち福島第二原発へ行こうという話が飛び出した。
午前6時21分、まず各号機の中央制御室につめている運転員に、免震重要棟に避難するようにとの命令が出た。少しでも被曝の量を減らすためだ。
22分には所員全員に活性炭入りのチャコールマスクの着用が命じられた。空気中に漂う放射性物質を口や鼻から吸い込まないようにするためだ。
27分、退避の際の手続きの説明がスピーカーで始まった。
ここで、現場から2号機の格納容器の破壊を否定するデータがもたらされた。吉田がいる免震重要棟の緊急時対策室内の放射線量が、毎時15〜20マイクロシーベルトとあまり上昇していないことだった。
*注ここまで地の文
吉田「本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ。ここがまた伝言ゲームのあれのところで、行くとしたら2Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は、運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです。私は、福島第一の近辺で、所内に関わらず、線量の低いようなところに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに行ってしまいましたと言うんで、しようがないなと。2Fに着いた後、連絡をして、まずGMクラスは帰って来てくれという話をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです」
――― そうなんですか。そうすると、所長の頭の中では、1F周辺の線量の低いところで、例えば、バスならバスの中で。
吉田「いま、2号機があって、2号機が一番危ないわけですね。放射能というか、放射線量。免震重要棟はその近くですから、ここから外れて、南側でも北側でも、線量が落ち着いているところで一回退避してくれというつもりで言ったんですが、確かに考えてみれば、みんな全面マスクしているわけです。それで何時間も退避していて、死んでしまうよねとなって、よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです。いずれにしても2Fに行って、面を外してあれしたんだと思うんです。マスク外して」
――― 最初にGMクラスを呼び戻しますね。それから、徐々に人は帰ってくるわけですけれども、それはこちらの方から、だれとだれ、悪いけれども、戻ってくれと。
吉田「線量レベルが高くなりましたけれども、著しくあれしているわけではないんで、作業できる人間だとか、バックアップできる人間は各班で戻してくれという形は班長に」
となっています。地の文(そこでも2Fに退避って書いてあるんですけどね苦笑)が続いて、吉田氏の言葉で「本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ」「南側でも北側でも、線量が落ち着いているところで一回退避してくれというつもりで言ったんです」があり、この言葉が朝日新聞では、2Fではなく1Fの敷地内だと主張しているわけです。
それで今回の産経では、朝日では明らかにされていなかった、この言葉の前のQAが初めて明らかにされました。
−−テレビ会議の向こうでやっているうちに
吉田氏「そうそう。ですから本店とのやりとりで退避させますよと。放射能が出てくる可能性が高いので一回、2F(福島第2原発)まで退避させようとバスを手配させたんです」
−−細野(豪志首相補佐官)さんなりに、危険な状態で撤退ということも(伝えてあったのか)
吉田氏「全員撤退して身を引くということは言っていませんよ。私は残りますし、当然操作する人間は残すけども、関係ない人間はさせますからといっただけです」
−−15日午前に2Fに退避した人たちが帰ってくる
吉田氏「本当は私、2Fに行けとは言ってないんですよ。車を用意しておけという話をしたら、伝言した人間は運転手に福島第2に行けという指示をしたんです。私は福島第1の近辺で線量の低いようなところに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fにいってしまったというんでしようがないなと。2Fに着いたあと、まずGM(グループマネジャー)クラスは帰ってきてということになったわけです」
同じ調書を使いながら微妙な違いが大きく差をわけたわけです。
産経新聞が引用した調書では、「2Fに行けとは言っていない」の前に「2Fまで退避させようとバスを手配させたんです」と明示されています。
これは以前に書いたように、「俺の部下はみなまでいわなくても、ちゃんと正しい判断を極限下でもしてくれたんやで、ドヤ」という発言だったというのが補強されたと、私は思っています。
これに対して、朝日新聞ができることは、吉田調書の当該部分の開示、そして調書だけを見て書いたなんていうジャーナリスト宣言から外れている報道という疑念を晴らすためにも、当日いた作業員から取材したかどうかをはっきりと公表すべきだと思います。
ところが、なんと朝日がやったことは、反論ではなく、http://www.asahi.com/articles/ASG8L5S9DG8LUUPI006.html
朝日新聞社は18日、同日付産経新聞朝刊に掲載されたジャーナリスト門田隆将氏による記事「朝日は事実曲げてまで日本人おとしめたいのか」(東京本社版)について、朝日新聞社の名誉と信用を傷つけたとして、産経新聞の小林毅・東京編集局長と門田氏に抗議書を送った。
本気ですか?
腰痛を治そうとジムや水泳にいってはいけない【健康腰痛本レビュー】
「腰痛は自分で治すことができます。いえ自分で治す以外、腰痛を改善することはできません」(10頁)にひかれて、買いました。
マッサージしても、シップはっても、しょせんは根本的な解決にはならないってわかってはいたんですけどね。新年度は気合いれて、腰痛治すぞ!
なぜ浅田真央ちゃんや羽生くんは腰痛に苦しんでいるのか
面白かったし、合点がいったのが、
なぜ水泳で腰痛が悪化するのか
↓
腰痛の人は水泳より風呂
冷えは腰痛の大敵(142頁)
ではなにをすればいいの、腹筋・背筋?というとNO
「腹筋・背筋と腰痛は、まったく関係がない、というのが、近年の整形外科科学の常識です」(138頁)
へぇ、そうなんだ(*筆者は整骨院で整形外科医ではありませんが)
「すでに腰が痛い方は、運動を始めない方が賢明です」
たしかに運動しまくっているスポーツ選手はみな腰痛に悩まされているよなぁと納得。
↓
じゃあ、どうすんの?
「腰痛を治すためにはやはりウォーキングが一番です」(143頁)(*この後、パワースポット賛歌が続くのですが 苦笑)
ストレッチして体をやわらかくして、適度な運動、お風呂であたたまる、食事は腹八分のいい食事、というのが本の趣旨です。
食事については、発酵食品をとれ、朝起きたあと、食事の前、寝る前の5回コップ1杯の水を飲めと、まあ腰痛でなくても悪く話さそうなこと。
読んで、やろうと思ったこと
1)血行不良を治す 爪先立ち運動(24頁)
一 まっすぐたつ
二 手のひらを前にむけ、ゆっくり爪先立ち 4ー5秒かけて鼻から息を吸う
三 かかとをゆっくりおろしながら 8−10秒かけて息を吐く 手のひらは前をむけた形のまま
四 5回くりかえす
2)自律神経を整える
一 目をとじて 4ー5秒かけて鼻から息を吸う
二 8−10秒かけて口から息を吐く 口は「あ」の形
四 5回くりかえす(1日1・2回)
3)ストレッチ
38頁から47頁まで10種類
認知症の予防法は「早く死ぬこと」? アルツハイマー病から論文捏造の現場まで…老親を抱えた人必読『これだけは知っておきたい認知症Q&A55』
40代になると、親は70代くらい。
祖父母の介護を孫世代に負担させなかった親に感謝しつつ、いつの間にか自分が親世代、親が祖父母世代になっていることに気付きました。(遅いっつうの)
私には想像するだけで怖いのは親が認知症になること。
ためしてガッテンの知識しかなかったのですが、急速に怖くなってきたところに、新刊(歴史書でないですが)を見つけたのでレビューします。
あまり「安心」できる内容ではないですが、同じ世代の人は目を通したほうがいいと思いました(いざというときに震えてなにもできなくなる、もしくは高価なサプリなどに頼ってしまうようになる前に)
埼玉医科大医学部教授の丸山敬さんの『これだけは知っておきたい認知症Q&A55 (ウェッジ選書)』(税抜き1400円)です。2月20日に発売されたばかり、たぶん世界最速レビューです。
認知症=アルツハイマー病とすぐ思ってしまいますが、色々な種類があります。
「アルツハイマー病」
原因は不明だが、最近は、たんぱく質の一種が脳にへばりついて機能不全を起こしていると考えられているそうです。(アミロイド仮説)
ちなみにアルミ説は、過去に工場の事故でアルミを大量に摂取した地域の住民の追跡調査でアルツハイマー病が多くなるということは「なかった」ことからあまり因果関係がないのではとされているようです。
「脳血管性認知症」
確実に予防できる認知症。高血圧や高コルステロール症によって脳の血管がボロボロになるのが原因。メタボ対策(適度な運動や食事)や血圧の薬などで防げます。食生活、生活習慣を改善してメタボを解消するのって難しいんでしょうけど。
「レビー小体認知症」
アルツハイマー病の次に多い認知症で、幻視(亡くなった家族が家にいるなど)をみる。以前はまれな病気とされていたが、検査技術が進み、「アルツハイマー病」と思われていた患者のかなりの数がこの病気だと診断され、増えてきているのだそうです。ボクサーのモハメドアリ氏やマイケルJフォックス氏などが罹患したことで知られる、体が動かなくなるパーキンソン病と合併しやすい。
「ピック病」
かなりたちの悪い認知症。なんと症状が「性格が悪くなる」「罵詈雑言や道徳を逸脱した行動(盗みや異性に激しく迫るなど)」。記憶力の低下は初期には目立たない。最近の「キレる老人」はもしかしたらこの病気の人も多いのかもしれませんね。
認知症は原則治らない
悲しいことに、これらは基本的に治らないのだそうです。(進行速度を遅らせることくらいしかできない)
治る認知症を見逃さないために早期の診察は必要である。しかし、それ以外の認知症の治療効果に過度の期待はしないほうがよかろう。(160頁)
治る認知症は今のところ、歌手の絢香さんらが患ったパセドー病(甲状腺機能低下病)など数少ないとのこと。
ただ、アルツハイマー病の原因はだいぶ特定されきているようです。
アミロイド仮説という説によって、「βアミロイドたんぱく質」が脳内に付着していることが原因ではとされているので、この「βアミロイドたんぱく質」を取ればいいということになりそうで、実際にそうした研究も進んでいました。ですが、ワクチン療法では死者がでたことから、臨床実験がストップしているのことです。
ただ、IPS細胞やSTAP細胞など日進月歩なので、いずれ免疫療法は進んでいくような未来を感じさせる内容でした。(IPS細胞と認知症との係は私の妄想で、本では触れられていません)
認知症の予防は?
結局のところ、認知症を防ぐには、適度な運動、適切な食事をするという、どんな病気予防にもつながることしか方法論がないようです。
アガリスクやコエンザイムQ10、大豆イソフラボンなどのサプリメントの効果はあるかについても、
(1)過剰に服用すると有害なことがある(2)ある条件では効果が観察される可能性を否定できないが、一般的には有効性は疑わしい
138頁
とし、「まあ、負担にならない範囲で楽しむということにすべきであろう」「無理して高価なサプリメントを求めるよりは、楽しくおいしいバランスのよい食事を規則正しく行うようにするのが肝要」と結論づけています。「ダメ絶対」という「ぷぎゃー」するのではなく、医師として患者や家族の気休めになるならそれもまた良しとするスタンスは好感度高いです。
(イソフラボンのホルモン注射は乳がん増加の可能性、アガリスクは発がん促進作用もあると書かれています)
以下のような究極の予防法をあげていることから、現時点での認知症の「重さ」を思い知らされます。
「確実にいえる予防法は、過激ではあるが、認知症になる前に死ぬことである」
160頁
医学界での論文捏造とスラップ訴訟
これとは別に、個人的に面白かった(怖かった)のが、「捏造される論文」(3章33、112頁から)です。なんと、医学の論文の世界ではスラップ訴訟的なの脅しが蔓延しているようなのです。
アルツハイマー病では、ある重要な大発見とされた論文で、人間の組織標本をマウスの標本に組み込んだ捏造疑惑が流れ出して、1992年に追試不可能として著者らが撤回を表明。
さらに
なお、この問題を追及する者に対して、原著者らは直ちに裁判を起こすという噂も流れていた。そのため未だに真実は不明である。
上の論文は日本なのか外国なのは明記されていませんでしたが、昨年から今年にかけて話題になっている製薬会社ノバルティスの問題も書かれています。
血圧を下げる薬は認知症の薬にもなっているからです。
2013年2月に京都府立医大循環器・腎臓内科学の論文を、掲載したEuropeanHeartJournal誌が撤回しました。ノバルティスの薬バルサルタンがほかの製薬会社よりも優れているという内容でした。
撤回はデータの入力に数多くの誤りがあったのが理由ですが、報道などされているように、ノバルティスから研究費が研究室に提供されていました。
この論文には発表当初からバルサルタンの効果が明快すぎる(あまりにすばらしすぎる効果)、あるいは統計学的な解析に問題が疑問が生じていた。学会などでその点を指摘すると、原著書らは怒り狂って訴訟するとわめき散らしたとのことである。企業研究者が一時的に籍を置いていた大学の関係者として発表著者に加わっていたことが明らかになり、原著書のボスだった教授は辞職した。
117頁。
ほかにも日本の麻酔学者が2012年頃から170本以上の論文を撤回してギネス記録になったこと(ほんとにギネスに載っているの?慣用的な表現?)もしりませんでした。
また、捏造だけでなく、日本と中国では英語の論文を翻訳しただけの論文がかなりの数見つかっているそうです。
原因の一つに、学術誌には仮説を証明する論文がほとんどを占めていて、仮説を否定する論文が載らないという構造的問題をあげていて、言われてみればそうだよなあと思いました。
- 作者: 丸山敬
- 出版社/メーカー: ウェッジ
- 発売日: 2014/02
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (1件) を見る