歴史ニュースウォーカー

歴史作家の恵美嘉樹が歴史のニュースや本の世界を歩く記録です

岩波書店が権威主義なんて誰が言った!広辞苑で自費出版をもとに「先斗町」を改定した

岩波書店の広辞苑と言えば、改定に際しての誤りがあるとニュースになるくらい「ザ辞書」です。

 

 

http://www.sankei.com/life/news/180126/lif1801260003-n1.html

https://www.jiji.com/jc/article?k=2018012300889&g=soc

 

出版コードも001で、岩波書店の本も「知識人」を前面に出して、朝日新聞と並ぶ、左寄りの権威主義の権化のように考えられています。

 

そういう鼻につくイメージから、重箱の隅をつつくようなニュースにもなるのですが、 

今回の京都新聞のこのニュース

 

http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20180123000035

 


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感動しました。

 

もう二度と岩波書店を権威主義なんて言いません(今週中は)

 

京都の先斗町のポントの語源についてですが、京都帝国大の教授で広辞苑の編纂者という権威の塊のようなポルトガル語説をなくして、

 

新たに、大阪の民間人が自費出版した本の説を採用したのです。


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博打のカルタの用語が、語源だとか。

ポルトガル語というロマンから、花街というリアルさへの天から地へとイメージはダウンしますね。

でも、それこれ歴史研究というものです。

 

新説の論理的、証拠性が高いことはもちろんですが、それでも、ときにそれよりも、重きを置かれるのが、誰が言ったかというのが権威主義。

 

それを乗り越えた岩波書店に、エールを送ります。

これから、岩波書店の本も教条的なものばかりでなく、わかりやすくよい本が出てくるのではないかと楽しみです。

 

 

土器川がなぜ?

 

追記

香川のテレビニュースでは、広辞苑に

讃岐うどん

豊島

土器川

が新規採用されたと喜んでいます。

http://www.ksb.co.jp/newsweb/index/8829

 

「豊島」や「土器川」など香川県の地名も初めて収録されました。「豊島」は瀬戸内国際芸術祭などで観光地としての知名度が高まったことで選ばれました。
 豊島自治連合会の三宅忠治会長は「これから観光で再生したい時に広辞苑に載ることはとてもありがたい」とコメントしています。

 一方、岡山県にゆかりのある高梁市の「吹屋」や「備中松山城」も新たに収録されました。

 

土器川はなんで選ばれたんでしょうか?

日本大百科全書(小学館)によりますと、

土器川
香川県中部を北流する川。延長33キロメートル。流域面積140平方キロメートル。讃岐山脈の最高峰竜王山(1060メートル)付近に源を発し、北西流して丸亀平野で瀬戸内海に流入する。至る所で伏流し、降雨時しか流れのみられない所がある。県内の主要河川では多数のダムが建設されるが、土器川流域にはない。下流部の丸亀平野には無数の溜池があり、満濃池は水源の一部を土器川からの導水に依存している。

 

 広辞苑 第七版(普通版)

 

広辞苑 第七版(普通版)

 

 

 

 

 

 

江戸時代の平均的武士の給料は額面1500万円、手取り500万円?

ビジネス雑誌でときどきみる「歴史特集」。

今月(2018年2月12月号)は、プレジデントが「仕事に役立つ「日本史」特集」をしています。
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この手の特集は、歴史好きには物足りないことが多くて、これまで買うこともなかったのですが、最近、雑誌読み放題(ドコモのDマガジン)に入ったので読んでみました。


18ー42Pは、Dマガジンでは読めませんでした。

特集で読めた最初の寄稿は、歴史を仕事に役立てるために、こんなに戦略的にテーマを決めようという内容。
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上のようなチャートを使ったりして、「好きなテーマを探せばいいのでは」と思いつつ、さすが仕事でもとをとろうというにはこれくらいしないといけないのかと感心していたところ、

終わり際に、「ただ、そうした「テーマ」を立てること自体が、実は最も難しいことかもしれない」と書いてあり、ずこーーーっ。やっぱり好きな歴史のテーマを追えばいいのではないんですかねと確信いたしました(笑)

さて、メモしたのは、笠谷和比古・国際日本文化研究センター名誉教授の「そうだったのか、武士の「給料」と「人事評価」」

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物価というのは、どうしても現代と比べたくなるし、比べないとほとんど理解の上で意味がないのですが、当然ながら、比較対象となる歴史時代によっても異なるし、比較先の現代も、バブル前と失われた20年、そして最近のアベノミクスだって、ぜんぜん物価の感覚が違うので、とにかく色々な研究者の物価の価値観は様々で、それ自体も面白いです。

それはともかく、笠谷さんは

江戸時代の物価として

1石=1両

ここはデフォですね。

1両は、

「なんとか1か月暮らせるといわれていました。いまよりはるかに質素な暮らしぶりですが、現代価値で10万円~20万円程です」

とします。

笠谷さんは、10万円台でなんとか現代人でもなんとか1か月暮らせると考えているということがわかります。

武士の平均的な給料は?と問われ、

旗本と御家人の差が、100石くらいなので、100石として、さらに税(65%も!)を引くと、手取りは35石となり、

「現代では年収500万円を少し超える計算となります」

とのことでした。

つまり、額面は1500万円もあるのに、手取りは500万円しかないと。江戸時代、きついですね。

どうみても、「江戸しぐさ」的な楽園ではありません。

あとは、江戸時代の実力登用の方法として、一代しか高給が約束されない8大将軍徳川吉宗の「足高制」をあげていました。

これも面白いですね。

吉宗は表の面と裏の面があるので、この制度の負の面も知りたくなりました。


PRESIDENT (プレジデント) 2018年2/12号(仕事に役立つ「日本史」入門)

PRESIDENT (プレジデント) 2018年2/12号(仕事に役立つ「日本史」入門)

仇討ちとしての#Metoo運動

著名な女性ブロガーはあちゅうさんが、電通勤務時代に先輩から受けたパワハラ・セクハラについて、Buzzfeedの取材陣、著名ライターよっぴー氏の応援を得て、実名で告発。

電通をやめて独立したばかりのその先輩氏はそれを認め、会社を事実上たたみ、現代版の仇討ちは、大団円で幕を閉じました。

 

勇気のある告発に対して恵美も、はあちゅうさんへ拍手を送り、深い感銘を覚えました。それで、この話は基本的には終わっていたのかと思っていました。

www.buzzfeed.com

と簡単にめでたしめでたしにならないのが、現実の「仇討ち」だったわけです。

 

忠臣蔵だって、赤穂浪士たちはみんな腹を切って死んでいるわけですから、それが名誉の死であろうとなかろうとも。

 

恵美は、日頃、歴史に対して、「人間の歴史は技術や仕組みなどを右肩上がりで進化させていっている。単純に『歴史は繰り返す』なんてことはない。しかし、人の心の進化の歩みはそれらに比べてかなりギャップがあり、『人間は同じことを繰り返す』」と考えています。

 

それで、ブログでも、衆院選と関ヶ原の戦いを比較したりしているのですが、今回は江戸前期の赤穂浪士討ち入り事件(忠臣蔵)となぞらえてみました。(以下、引用は時系列でないものもあります。いろいろな流れはこちらのまとめを参考にしました)

 

忠臣蔵討ち入り後の凱旋中に

 

見事に、討ち入りに成功し、侮辱(セクハラ)した吉良上野介(先輩K氏)の首を手に、師走のイルミネーションの下、民衆たちの喝采を浴びながら表参道を闊歩していた大石内蔵助(はあちゃう氏)を包丁で切りつけようとするものが次々に街頭から現れました。

kyoumoe.hatenablog.com

 

「すわ、吉良の仲間か!」とざわつきますが、

彼らは吉良とは関係なく、大石内蔵助が潜伏中に、遊郭をはじめ女遊びが激しすぎて女を寝取られた町人たち(童貞いじり被害者やそれに怒りを持つ賛同者)だったのです。

 

「大石内蔵助!お前が言うな!!!!」と口々に包丁(ブログやツイッター)を手に押し寄せる町人たちの前に、

赤穂浪士の一人、堀部安兵衛(よっぴー氏)が立ちはだかります。

「大義の前の小事じゃ!少しは黙れんのか!」

yoppymodel.hatenablog.com

 

赤穂浪士の参謀・原惣右衛門(BuzzFeedJapan編集長古田大輔氏)も一喝します。

「町人ふぜいが物事の善悪の大きさを判断するんでない!」

 

www.buzzfeed.com

 

正義の味方は謝れない

 

それに対して、町人たちも「なにお~!」とさらにいきり立ちます。

大石内蔵助は度量を見せて、「まあ落ち着きなさい。わたしが謝ればよかろう。すまん」と一度は頭を下げます。

 

が、町人が投げつけた卵が蔵之介の頭にバシッとあたると、蔵之介もキレて

「あやまるわけねぇだろ!武士の仇討ち(電通でのセクハラ)と、町人の寝取られ(不特定多数への童貞いじりツイート)のどっちが重いと思っているんだ。武士には仇討ちの権利があってお前たちにはないんだよ(表現の自由)。ばーか、ばーか」

 

 

と、さらに煽るものだから、クリスマスの江戸の街は大騒ぎ、となってしまいました。

 

赤穂浪士も、町人も、ほとほと言い争いに疲れたので、どうしたらいいかと、町奉行を呼ぶことにしました。

時空を越えてやってきたのが、大岡裁きで有名な大岡越前守(アメリカ在住の作家・渡辺由佳里氏)です。

 

cakes.mu

結論は、喧嘩両成敗。どっちもセクハラはダメだよ。

見事な大岡裁きです。

この名裁きに、赤穂浪士も町人も、握手をして抱き合って、大団円!

 

仇討ち連環の輪

 

とは、現実社会ではなりませんでした。

なにしろ、赤穂浪士(江戸前半)と大岡越前守(江戸中期)で時代が違うから、ではなく、

やっぱり仇討ちという私的リンチというものは、同じような仇討ちの連鎖にはまる宿命にあるのです。

 

なので、明治維新以降、私的な報復は禁止して、法治国家になり、すべての仇討ちの権利をとりあげて、裁判官が罪の重さを判断し、国が罰するものとしたわけです。

 

筋から言えば、はあちゅうさんは強制わいせつなどで警察などに刑事告発すべきでした。でも、今しても時効ですし、たしかにそもそもちゃんと捜査してくれるかといえば怪しいでしょう。

 

しかし、仇討ちという方法を捨てた社会を選んだ以上、BuzzFeedというマスコミであろうが、著名人であろうが、仇討ちの連鎖からは逃れられないという覚悟が必要だったのではないでしょか。

 

もちろん、赤穂浪士も仇討ち返しが来るであろうと覚悟はして、吉良家(電通方面)から襲撃された際の対策はとっていたかもしれません。

が、まさか凱旋のパレード中に、町人たちから攻撃が来るとは思ってもいなかったのかもしれません。

 

町人たちが武器(ブログやツイッター)を持ったというのが、江戸時代(20世紀)と現代(21世紀のSNS時代)との大きな違いなのかもしれません。

 

紙メディアが主流だった20世紀は、メディアがこうした個人の仇討ちを取り上げることはあまりありませんでしたが、21世紀になって、メディアがファクトを疑惑として取り上げるだけでなく、その善悪についてジャッジまでするようになっているように、感じます。

 

モリカケ疑惑なども疑惑として問題提示するだけでなく、有罪認定もメディアが勝手にしてしまうという。

 

セクハラやパワハラ、ブラック企業などの社会の問題に対して、法治国家が対応できていないというのは事実でしょう。裁判員制度の導入などで、変化をしようともしています。

 

しかし、人を(社会的に)ころしかねない法律の罰則を新たに設けるためには、慎重の上にも慎重にしないといけないことは、言うまでもありません。密室での事件は、被害者の告発に重きを起きすぎると冤罪が発生しかねない。難しい問題です。

 

 

弥勒菩薩の降臨が待たれる*ただし56億年後

 

「人を呪わば穴二つ」の教え通りの展開に、当初の勧善懲悪の時代劇を見終えてスッキリという感覚が吹っ飛びましたが、下のブログを見て、非常に納得しました。超ブラック企業勤務経験がウリのフミコフミオ氏です。

 

delete-all.hatenablog.com

 

告発そのものとその告発者は別に評価すべきという意見は確かに仰るとおりだが理想論すぎて全く意味がない。人間は過去の言動によって成立している。つまり人とその人の言動を完全に切り離すことは出来ないからだ。求められるのは寛容さじゃないか。過去の言動についての謝罪を受け入れる寛容さ。まあ、その謝罪そのものが「お前が言うな」になってしまうのも人の世の常なのだけどね。この世はまさに地獄だ。ちなみに僕は嫌いな人間しかいない地獄で働いていたので「人間的にはスゲエ嫌いだけど言ってることは評価する」処世術が身に付いてしまった。サンキュー地獄。

 

はあちゅうさんのような言動を「お前が言うな」ではなく、いいところはいいところとして、きちんと受け止められるには、フミコフミオ氏のように地獄を見ないと悟れないという現実。

 

社会をよくするためには、みんながもっと地獄をみないといけないとは、絶望的ですけど、真理かもしれません。

 

お釈迦様(ゴータマ・ブッダ)の次に現世におりてきてわたしたちを救ってくれる弥勒菩薩が来るまであと、56億7千万年。 それよりも、はやい人間の心の進化が待たれます。

 

弥勒は現在仏であるゴータマ・ブッダ(釈迦牟尼仏)の次にブッダとなることが約束された菩薩(修行者)で、ゴータマの入滅後56億7千万年後の未来にこの世界に現われ悟りを開き、多くの人々を救済するとされる。(

弥勒菩薩 - Wikipedia より)

 

 

 

 

 

古代中国にとってネコか杓子だった古代日本

2017年に刊行された古代の本の中では、内容的には最大の話題作といえるのではないか、と思っているのが、小林青樹『倭人の祭祀考古学』(新泉社)。

 

 

倭人の祭祀考古学

倭人の祭祀考古学

 

 

でも、話題になっていませんね笑

 

なぜ話題にならないかというと、話が壮大すぎて、みんなついていけないからと感じています。(そういう恵美も何度か目を通して、だんだんと見えてきたかもという程度なんですけど)

 

まず「倭人」の時間幅が広い。縄文時代から古代まで一気通貫。

エリア的に広い。日本列島をこえて東アジア全般。

しかも、東アジアが「中華帝国」だったらまだ頭のなかで繋げやすいのですが、北アジア、朝鮮半島と遼東半島あたりと、中国の辺境部との深いつながりが鍵を握るというようで、これまでの古代史を考える上で、想定していなかったレベルの議論なので

 

「うん、知らなくてもいいね」

 

ってスルーしちゃうレベルです。

 

東アジア、北アジアというと「シルクロード?」って目をキラキラさせたくなりますが、どうもそういうロマン街道とはちょっとずれているというか、なんというか。

 

古代史好きな人は「知らなくていいね」ですむけど、研究者はこの本をまともに受け止めたら、(おそらく)大の苦手であろう、外国語(この場合、中国語、朝鮮語、モンゴル語、ロシア語)あたりを精通していないといけなくなりそうな悪寒がするはずで、

 

これまた

 

「見なかったことにしよう」

 

って本を閉じて、積ん読の山に戻さざるをえないレベルなんではと忖度しています。

映画「水戸黄門」を見に行ったら、「スター・ウォーズ」だったような。

 

ともかく、まだ刊行されて半年しか経っていないので、どのように日本古代史の解明に影響してくるのかはわかりません。

 

要は、日本が大陸と無関係であったことなんて歴史上、ほぼない。

それも、その関係は日本側のほぼほぼ片思い。大陸側にマウントポジションをとれたなんて、近代以前には120%ないってことですね。

雄略天皇は天下人だったのか?

 

古墳時代にだれが一番すごかったかというと、色々あるでしょうけど、

雄略天皇はその一人であることは間違いないでしょう。

前方後円墳がヤマト的な支配権(もしくは影響下)にあったことの証拠となるとしたら、雄略天皇が「古墳時代のヤマトを最大図版に広げた」人であります。

 

この雄略天皇すっごーい、の史料として有名なのが、埼玉県の埼玉古墳群出土の国宝の鉄剣に刻まれた文章です。

 

今も昔も、さいたまは田舎…こんな田舎にまで雄略天皇の威光が届いていたんだねと評価されているわけですが。

 

kodakana.hatenablog.jp

不勉強にも、こちらのブログを読んで、歴史業界で通説となっている読み方が漢文の読み方的には間違っているのではないかとの指摘を読み、これからは東洋史学の研究者が読んでいる読み方に従おうと思った次第です。

これについては、みんな知らないというだけで、日本史の人が読んだものと、東洋史の人が読んだもので、どちらが正しいと言われれば、それは漢文なんだから、東洋史のほうだよね、ってほとんど異論はないのではないでしょうかね。

 

謎の七支刀―五世紀の東アジアと日本 (中公文庫)

謎の七支刀―五世紀の東アジアと日本 (中公文庫)

 

 

天下の広さは日本列島限定?もっと広い? 

 

問題は、このエントリーの後半に、ブログの著者の方が書かれた、独自の考え。

<天下を治むるを佐たすけんが為に、此の百練の利刀を作らしめ>

の「天下を治めていた」のは誰かというお話です。

結論から言うと、主語が「中国の皇帝が」であって、それには恵美も両手をあげて賛成した次第です。

 

天下人=日本列島の最大図版にした雄略天皇さんってすごいっす

という風に、あまり疑問もなく雄略天皇のことと思っていましたが、

雄略天皇がどのような技を使って、最大図版にしたかというときに、「腕一本で」みたいな北斗の拳の登場人物的なことはありえなく、

中国の皇帝(魏晋南北朝時代の南朝の宋)の威光を使っていることは間違いないわけです。

 

中国の皇帝>大王(雄略さまら倭王、古代の天皇)>王(地方の豪族)

 

さきたま古墳群の稲荷山古墳に眠られている(?)剣の主は、雄略天皇に仕えていた武人であり、武蔵王(むさしのきみ)と呼ばれていたかはわかりませんが、そんな感じの人です。

 

雄略天皇の版図拡大は、中国の皇帝の臣下(雄略大王)の一部隊による辺境の戦いにすぎないという構図なわけです。大義は、中国皇帝の名のもとの天下安寧。

 

天下を治める中国皇帝の重臣のそのまた重臣である「記の乎獲居臣」でござーい!

 

と、刀に刻ませたということのようです。」(記は紀氏と同じ「き」と読んだですかね、これまた興味深いです)

 

うーん、納得。きっとそうでしょう。

 

倭国の片思い政策 

 

こうして見ると、日本列島(倭の国)が基本的に、中国から相手にされていなかったことが浮かんできます。

中国の事情によって、はじめて倭国に連絡をしてくれるのです。一方通行です。日本列島は、東アジアの埼玉なのです。

 

古代において、日本の歴史がわかるのは、都合3回。中国が記録を残したからです。逆に言えば、中国が関心を持つとき以外に、日本列島でなにが起ころうと知ったこっちゃないのです。

日本で倭の大乱が起きたから、中国が記録に残したなんていうのは、順番が逆。

中国が見たときに、たまたま大乱が起きていたということになります。

 

 

1)ご存知、卑弥呼の時代

 倭の大乱のときですね。中国では三国志の時代。中国サイドとしては、ネコでも杓子でも、仲間が欲しかったのです。

 

2)今回の雄略天皇の時代

 倭の五王と呼ばれる時期です。中国は南北朝時代なので、南朝としては、ネコでも杓子でも、北朝につかれないように、仲間が欲しかったのです。

 

3)上から目線の聖徳太子

 中国の隋は、高句麗とガチバトルを展開していました。聖徳太子が倭王を「天子=天下人」と書いたお手紙を出したために、隋の皇帝さまは一瞬ガチギレしますが、秘書官あたりから「まぁまぁ、相手は埼玉から来た田舎者ですから。今は高句麗につかないようにネコでも杓子でもほしいときなので、笑って笑って」と言われたのです

 

こういう時以外は、中国は日本のことなんぞ関心がありません。

日本古代史的には、2)と3)の間にある、継体天皇の時代が、どう見ても、倭国最大の大乱であり、軍事クーデターなんですけど、この頃の日本は九州や朝鮮半島で、小競り合いをしていましたが、中国本体にとっては、埼玉と群馬の戦いなんて、記録に値しない、どうでもいいことだったのでしょう。

 

この3つの時期以外にも、日本側はしょっちゅう、お手紙を絶えず、中国皇帝に送っていたと思いますよ。でも、門前払いをくらっちゃうんでしょうね。

「朝鮮半島に出先機関あるから、そっちに行ってね」って。

 

 

ちなみに、埼玉をめっちゃディスってますけど、恵美は埼玉っ子です。

埼玉大好きです。愛しています。

でも、埼玉県内を移動する道路網が脆弱すぎて、いつもオコです。

「こら、埼玉県、東京(中国皇帝)のほうばっかり向いてんじゃないよ!」

 

 

 

 

謎の七支刀―五世紀の東アジアと日本 (中公文庫)

謎の七支刀―五世紀の東アジアと日本 (中公文庫)

 

 

 

ワカタケル大王とその時代―埼玉稲荷山古墳

ワカタケル大王とその時代―埼玉稲荷山古墳

 

 

 

倭人の祭祀考古学

倭人の祭祀考古学

 

 

 

 

 

 

 

 

稲荷なのに仏教寺院の豊川稲荷

お稲荷さまといえば、伏見神社(京都)。そのつぎに有名なのは 豊川稲荷(愛知県豊川市)ではないでしょうか。

豊川稲荷は妙厳寺という曹洞宗の寺院で、稲荷神社ではないのです。

なぜお寺が稲荷なのか、その歴史について寄稿しました。

 

 

bushoojapan.com

なお、三大稲荷の3番目は、ほかの「三大」ものと同様に、たくさんあるみたいです。

佐賀県の祐徳稲荷神社、青森県の高山稲荷、茨城県の笠間稲荷など。みなさんのご近所で「第三の三大稲荷」があったら教えてください。

 

 

政界とユーチューバー界の栄枯盛衰に思いを馳せる平成29年の師走

前回のエントリは3ヶ月前の9月19日でした。

そのときにネタにしたのが

emiyosiki.hatenablog.com

「えっ?衆院選ってまだ3ヶ月経ってないの!」と、ちょっとびっくり。

上を書いた9月19日時点では、正式に解散すらしておらず、

 

【400年前】

石田三成「大丈夫だ。五奉行のほとんど、五大老のほとんど、島津、小早川、、、数の上では有利だ」

毛利輝元「オレ、じっちゃんと違ってカリスマないんで、毛利の家中も実はまとめられないんだよね~」

島津義弘「…三成無礼なやつ。薩摩に帰りたい」

小早川「だから、オレ東軍だっていうの」

吉川「弁当食う時間がないぃぃぃ」

【現在】

朝日「大丈夫だ。野党共闘し、さらに石破が離党して若狭新党に合流すれば勝てる」

前なんとか民進党代表「野党共闘どころか、党内もまとまらんわ」

共産党「共闘しないと勝てないけど、いざとなったら敵中突破でうちだけ生き残る」

石破「だから、オレ与党だっていうの」

若狭「新党作る時間と金がないぃぃぃ」

 

さて、結果やいかに!

 

なんて書いていました。

安倍首相が電撃的に解散を表明して、民進党など野党はオロオロという状況でした。

その後、

西軍の石田三成的なポジションと考えていた民進党党首だった前なんとかさん(名前忘れました)が、希望の党へまるごと合流するという奇策を発動。

むりやり関ヶ原に当てはめれば、東軍最前線の福島正則が「真・豊臣恩顧軍」を突然、立ち上げて、家康と対決、そこに西軍の三成が「まるごと合体して共に戦いましょう!」と持ちかけた感じですかね。

家康(安倍首相)大ピンチ!

と誰もが思ったら、

合戦が始まる前に、「真・豊臣恩顧軍」の総大将福島正則(小池都知事)が「イケメンの宇喜多秀家は大歓迎だけど、ブサメンで田舎モンの島津(枝野幸男)とかムリ。排除します!」なんてやってしまいました。

 

「真・恩顧軍」「西軍」から排除された島津こと枝野氏が「埼玉を田舎とはなにごとか」といきり立ち、立憲民主党を結成して、野党総崩れの中、敵中突破を敢行して、野党内では一人勝ちし、

福島正則こと小池都知事が事実上の獄門さらし首状態で、東京都の予算が1000億円もカットされる改易処分にあったのは記憶に新しいところです。

てか、記憶に全然新しくなくて、えらい昔のことのように思えます。

 

と、実はここまでは前置きでして、、、

年末なので、いろいろ片付けをしていて、見つけた2015年1月号(つまり3年前の2014年末に発売)の雑誌の中に、

 

人気Youtuberとして、4人のユーチューバーが紹介されていました。

ヒカキン

マックスむらい

瀬戸弘司

ゴー☆ジャス動画

のみなさんです。

ヒカキンがいまだに人気の一方で、マックスむらい氏は経営するアップルバンク社での業務上横領事件(なぜ被害者なのに炎上したのかはよくわかりませんけど)で、大炎上して人気が急落したことは知っています。

その後、たしか今年夏ごろだったか、オワコンになったマックスむらい氏を盛り上げよう的に、当時、人気だったヒカルという人が「マックスむらいさんみたいな落ち方の人はこれまでもこれからもいない」みたいな上から目線で盛り立てた動画(下)をアップして話題になった直後に、このヒカルという人がそれ以上のNHKニュースで取り上げられるような大問題を起こして、ユーチューバーから消えました。

www.youtube.com

 

と、思ったら、年末になって復活したようですね。

実は、このヒカル氏がマックスむらい氏をもり立てる動画をわたしも見て、マックスむらい氏が苦しいときに救われたのが麻雀だったとして、開発した麻雀ゲーム「ツモツモ」を紹介していまして。

そのときから、わたし、ツモツモをずっとやっているのです。おもしろいです笑

で、年末になって、「ヒカルタイアップツモツモ」というキャンペーンが始まったので、「あっ、復活したんだ」と知った次第です。

それはいいとして、問題は、2014年末当時の人気ユーチューバー四天王です。

瀬戸弘司

ゴー☆ジャス動画

だれ???

www.youtube.com

まず瀬戸氏ですが、ぜんぜん知らなかった名前ですが、ユーチューブで検索すると、今年8月までは頻繁に更新していたのに、突如ストップ。11月に2回更新しているものの、3ヶ月ほどはほぼ休止中のようです。なにがあったんでしょうか?

 一方のゴー☆ジャス動画氏は 

 

 

www.youtube.com

ほぼ毎日更新しています。

基本的にはゲームの動画を配信しているようです。

麻雀もそうですが、ゲームが仕事になると、つらそうだなと。

というわけで、わずか3年前の人気四天王のうち、2人が没落したり、活動がストップしたりと、政界とユーチューバーは戦国時代なみの厳しさだなぁと身にしみて、「ブログも継続するのは大変なことだなぁ」と、3か月ぶりのエントリーを書こうと決意したのでした。

たぶん、みなさん、よいお年を。3ヶ月後にはまた、新しいエントリーでお会いしましょう。

 

関ヶ原の合戦と安倍首相の衆院解散がなんとなく似ている

9月15日は関ヶ原合戦の日♡

今年2017年は、人気ツイッター石田三成さんがスマホの通知画面で中継して盛り上がっていました。

twitter.com

 

その興奮も収まらない中、現実の世界では、安倍首相が衆院を解散するという報道が出されました。

今回の解散劇(まだしてませんが)は、なんだか関ヶ原の戦いに似ていると思ったのでちょっと書いておきます。

 

【400年前】

新たな権力豊臣政権がやりたい放題する

【現在】

衆院選で圧勝した民主党政権がやりたい放題する

 

【400年前】

地震や外征の失敗などの末に豊臣秀吉死亡

【現在】

地震や外交の失敗などの末に民主党政権下野(離党した小沢一郎政治的に死亡)

 

【400年前】

外征やらない徳川家康に人気集まり、事実上のNo1に

【現在】

安倍内閣発足、経済が回復し支持率アップ

 

【400年前】

家康調子に乗り出す。石田三成ら五奉行が蜂起

【現在】

安倍首相調子に乗り出す。野党五奉行(朝日や東京新聞など)が蜂起

 

【400年前】

三成ら「内府違い条々」を出す。
家康「こんなの根拠ない言いがかりだろwwwほっとけ」

全国のわりと多くの大名「家康許せん」

家康「えっ?」

【現在】

朝日ら「もりかけ疑惑」を出す

安倍「こんなの裏付け全くないやん、無視無視www」

有権者「安倍許せん」

家康「えっ?」

 

【400年前】

小山評定にて家康「反省しました!」

福島正則ら「許す!」

【現在】

内閣改造にて安倍首相「反省しました!」

有権者「許す!」

 

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