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歴史ニュースウォーカー

歴史作家の恵美嘉樹が歴史のニュースや本の世界を歩く記録です

箸墓の調査では、やっぱり「卑弥呼」に近づくことはなかった模様

 卑弥呼の墓説のある箸墓への調査がきのう(2013年2月20日)行われました。
 ぶっちゃけ「あの場所までなら(こっそり)踏査した」ことがある人はたくさんいますよね。(恵美嘉樹はないですよ、はい)仁徳陵古墳などは全面が池(周濠)に囲まれていますが、箸墓の半分は普通の道路が走っていますから。。。


 けさまでの報道を見て、「あれ」と思ったのが。
 例えば共同通信では、

 検討会では、前方部が3段構造との説もある箸墓について、大阪市大の岸本直文准教授が「観察で前方部も後円部も4段と分かった」と指摘。

と書いています。

 これはなんのことかというと、じつは、箸墓について橿原考古学研究所アジア航測が2012年6月に、空中からレーザーで測定した精密な地形を発表しています。

 そこで新発見があったのです。



 これまで「4段構造」と思われていた前方部(四角いほう)が

前方部 3 段からなり、前面ばかりではなく側面にも段築が存在することが明らかになった。

のです。

 新しい科学的な手法でわかった発見か、道路の上の1段目からの目視か。
 どちらに軍配が上がることでしょうか。

 どちらになっても、卑弥呼とは関係ないですけどね。

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 卑弥呼というのは、同時代の史料では魏志倭人伝にしか出てこない人物です。

 その魏志倭人伝で、墓のサイズが約150メートルと記していますから、280メートルの箸墓はどうやっても厳しいのが現実です。

 恵美嘉樹卑弥呼の2代あとの「イヨ」ちゃんなら、女性だし、時代的にも合うのではないかと思っていますが、卑弥呼でも最初は150メートルの墓に埋葬されて、その後に280メートルの箸墓に改葬されたというのもアリだと思います。

 卑弥呼が死んだのは250年くらいです。

 最近、炭素測定で箸墓の築造年代が「240〜260年」という超ピンポイントすぎて怪しい調査結果も出ていますが、あせって箸墓を古くしてしまうと、魏志倭人伝の壁が立ちはだかるので、邪馬台国畿内派のみなさんはご注意ください。

朝日新聞記者のツイートレポも興味深いです。

*ご覧のとおり、「入ってはいないはずの」記者も、こんなに近くまで歩けるところなのです。

*弥生土器があったというのはおもしろいですね。ちょうど弥生と古墳時代の境目の時代です。

*もう一つの陵墓調査となった。西殿塚古墳も、先にふれた空からのレーザー調査で、基壇らしい高まりが2つ見つかっています。しかも、古墳時代には前方部にはそういった施設は作らないのに、「あった」というので謎と話題をふりまきましたが、言われてみれば、後世の山城かも、という指摘はごもっともです。


コメント集です。

 調査を終え、記者会見した日本考古学協会森岡秀人理事は「墳丘の形状もよく分かり、葺石も見ることができた。被葬者問題に関わる築造年代の研究にも役立つかもしれない。古墳は入るだけで多くの情報が得られる。今後も広範囲を調査できるよう宮内庁と協議する」と話した。

 検討会では、前方部が3段構造との説もある箸墓について、大阪市大の岸本直文准教授が「観察で前方部も後円部も4段と分かった」と指摘。

 橿原考古学研究所付属博物館の今尾文昭学芸課長は「くびれ部に石敷きがあった。全面が石で覆われていたかも」と話した。
共同通信リンクは中国新聞

 岸本直文・大阪市立大准教授は立ち入り調査後、「実際の様子や後円部との関係から、前方部も4段だった可能性が高い。中で目視できたのが大きかった」と指摘した。また、「周囲を歩くと石が累々としており、古墳全体が石で覆われていた可能性が高い」と話した。
毎日新聞

 森岡秀人奈良県橿原考古学研究所共同研究員は「墳丘には表面を覆っていた石や土器の破片が散乱していた。箸墓古墳の研究を加速させる、大きな成果が得られた」と話した。
朝日新聞

 森岡秀人・同協会理事は「直接観察できたことに意義がある。今後も陵墓の詳細な調査を宮内庁に求めていきたい」と話している。
(読売新聞)

 しっかし、NHKでは、古墳シンガソンガーという(笑)人が箸墓の歌を歌ったりと、夜祭り状態でしたね。
 それもこれも、前のエントリーでも書きましたが、「たいしたことが分からないから」というのが背景にあって、「でも邪馬台国だから盛り上げなくては」というマスコミ側の事情もあって、色物路線で攻めてのでしょうかね笑
 箸墓の歌で、紅白出場できるようお祈りしています!

卑弥呼邪馬台国エントリー