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歴史ニュースウォーカー

歴史作家の恵美嘉樹が歴史のニュースや本の世界を歩く記録です

奈良時代も製造物責任(PL)法があった?!品質保証に「折り紙をつける」ではなく「木簡をつける」

 品質を保証するという意味で、「折り紙をつける」という慣用句がありますが、奈良時代には、貨幣の枚数や品質を保証するために鋳造した職人の名前を書いた木簡をつけていたのでした。平城宮跡を調査する奈良文化財研究所の研究でわかりました。読売新聞がきのう夕刊(2013年1月5日)で、報じています。
 長門の銅山(山口県)など全国にある銅産地に付随する貨幣鋳造「工場」で、銭をまとめて束ねてパッケージにして、それを包むときに、こうした木簡で、中身の量と製造責任者を明記して、都に送ったとのことです。

「貫鋳手雀部豊縄(かんいてささきべのとよなわ)」と墨書してあるのを確認した。「貫」は銅銭1000枚を、「鋳手」は鋳造職人をそれぞれ意味し、「雀部豊縄」は男性の名前だとみられる。


 松村恵司・同研究所長は「それぞれの施設で木簡を付けて保証し、平城宮では個々に枚数を数えることなく、大蔵省が各役所に配分したと考えられる。未解明だった当時の貨幣保証システムを明らかにする発見だ」と話している。

とのことです。

日本では、最盛期の9世紀中頃には、年間は1万1000貫文も鋳造していました。
貨幣をつくる「大蔵省造幣局」は古代では「鋳銭司(じゅぜんし)」という職でした。
長官は周防守(山口県)が兼任しました。