戦国NO1カブキもの前田慶次郎「花の慶次」の第一巻の戦いで、初めての戦国時代の出土品。【画像】花の慶次第二巻のあのポロリ笑シーン
カブキものといえば、前田慶次郎!ですよねぇ。
たとえ、当時はおじの前田利家のほうが真のカブキものと思われていたとしても。
漫画の「花の慶次」の第一巻ででてくる前田利家と佐々成政の戦い「末森城の戦い」があります。
あの石垣のうえから
「すけえもんもカブクかぁ」とか友情見せるやつです。(画は恥ずかしながらうちの本棚にある第二巻から)
ところが、末森城の戦いは、前田VS佐々の決戦地ではあったのですが、実は本来の前線は、もっとも南にある、下の記事にある松根城などの加賀・越中の国境線だったのです。ここは、源平合戦のときの倶利伽羅峠(くりからとうげ)のある地域。
末森城は、最前線からはちょっと離れた場所であったのですが、そこに佐々成政が奇襲をかけたのです。
末森城は、加賀と越中の国境というよりも、加賀と能登の国境といったほうが実態にそくしています。
とうじ、加賀と能登は前田利家の領土ですから、佐々は末森城を落とすことで、前田の力を分断しようとしたのです。
ところが、前田利家がすばやく応援に入ったために、佐々は敗退したのです。実は史実では、前田慶次はこのとき能登にいたので、末森城へ救出にいったかは怪しいんですよね〜
ともかく、真の最前線だった加賀・越中国境の砦群が発掘調査されているというのは、戦国時代の戦いの実像が明らかになるので、楽しみですね。
松根城に戦国の器 金沢市調査で初出土
金沢市北東部の富山県境域にある松根(まつね)城跡で行われた市の発掘調査で1日ま でに、戦国時代終わりごろの16世紀後半に製造されたとみられる土器が出土した。松根 城が16世紀後半には既に築造されていたことを裏付ける遺物で、同城跡からの出土品は 初めて。周辺一帯の「加越国境城郭群と古道」の国史跡指定を目指す動きに弾みがつきそ うだ。
金沢市役所で1日に開かれた第2回加越国境城郭群と古道調査指導委員会で、市側が説 明した。市は10月から城跡の本丸「主郭(しゅかく)」や出入り口「虎口(こぐち)」 など計12カ所で発掘調査を行った。土器のかけらが数点出土し、ふちの形状などから1 6世紀後半に作られ、主に儀式などで使われていた「土師器(はじき)皿」であると判明 した。9世紀の灰釉(かいゆう)陶器や13〜14世紀の土師器皿、鉄くぎなども出土し た。松根城は、1584年から1年間、徳川家康方の佐々成政勢が出城とし、切山(きりや ま)城に構えた羽柴秀吉方の前田利家勢と対峙(たいじ)したとされる。源平の戦いでは 木曽義仲が拠点にしたとの伝承も残されている。
しかし、いずれも文献の記録のみで、市が1979年に行った松根城「主郭」の調査で も文献を裏付ける遺物の出土はなかった。
1日の調査指導委では、委員が出土品には城跡と古道・小原越(おはらごえ)の関係性 を示す証拠がないことから、古道の調査を継続するよう求めた。委員会前には発掘現場を 視察した。
市は発掘調査を今月16日まで行うとともに、出土品についても金沢城や七尾城で発見 された同時代の土器と比較し、詳しい年代や粘土の種類などの特定に努める。来年度は小 原越を測量調査する。