絶対正義!の民主主義が奴隷制を拡大させていたというショック
この本『ならず者の経済学』(徳間書店、1890円)は経済本の範疇に入るが、歴史を学ぶものにとっても必読の書だ。
- 作者: ロレッタ・ナポレオーニ,田村源二
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 2008/11/19
- メディア: 単行本
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歴史上の事件で限りなく残虐な非人道的なことが繰り返されてきたのは言うまでもないが、意外に人間はこうした残酷な話が好きなようだ。ただし大抵は「過去の話」だから許容できるともいえる。
ところが本書によって白日の下に明かされた奴隷たちは現代、今わたしたちと同じ時間に息をしている人たちの物語なのだ。
本書が優れている、かつ衝撃的であるのは、例えば共産党や朝日新聞が「貧困」や「格差社会」をイデオロギーの面からアピールするために探しあてた半ば作られた悲惨さではないことだ。
二年以上前、本書の調査を開始したとき、わたしは共産主義からグローバリゼーションへの移行がどのようにして邪悪な経済力を解き放ったかを示したいと思っていた。
ところが現実は逆で、民主主義を旗印としたグローバル化によって奴隷制が史上かつてないほどの繁栄をしていることが判明してしまったのだ。
ショッキングにも現代という時代に、民主主義と奴隷制が、強力な”正の相関”と経済学者たちが呼ぶかたちで共存しているのだ。つまりこれらふたつは、互いに支え合って盛衰をともにする関係にあるということである。
民主主義と奴隷制はわたしたちの頭のなかではなかなか結びつかない。それは、わたしたちがいまだに、民主主義を実現すれば奴隷制の再発を防ぐことができるという間違った印象を抱き続けているからだ。
自由主義、民主主義は、共産主義や独裁主義に比べてはるかに優れたもので、後者から移行した場合は大なり小なりメリットのほうが多いと考えがちだ。これはあくまで我々が日本という勝者のサイドにいたからであり、大きな変化を強いられた側(ロシアなど)は<ならず者経済>によって牛耳られ、多くの国民が「奴隷」となったというのだ。
しかも、この奴隷は
今日の奴隷ひとりの平均価格は、民主主義が最低レベルにあったと思われる時代に栄えたローマ帝国の価格の一〇分の一以下である。ローマ人にとって奴隷は、高値がついてあたりまえの希少な価値ある商品だった。ところが今日の奴隷は、豊富に存在する使い捨て商品であり、”国際ビジネスの必要経費”のひとつでしかない。
と、過去よりも人間の価値が下がっているという信じがたい事態が起きているとする。
たしかに、「奴隷制」と訳することができる古代日本の「部民制」も現代的な奴隷とはだいぶ意味合いが違う。単に現代と古代の制度上の違いだけでなく、「人間」としての価値の差という視点で部民制を考える必要もありそうだ。
現代の奴隷制が悲惨極まりないのは、価値が低いからだけではない。
奴隷制はふつう、強国による貧国の搾取の結果と考えられているが、実はそうではないことが明らかになっている。現代の奴隷のほとんどは、同国人によって売られているのだ。
この本を読むと、「北朝鮮の人民は抑圧されているから、彼らのためにも民主主義を導入すべきだ」という産経新聞的な主張は、間違っていることが分かる。このまま仮に北朝鮮が民主化に進めば、人民の多くは今と同じように抑圧され、かつ誇りすら失う奴隷となるだろう。
<ならず者経済>に蹂躙されるくらいなら<ならず者国家>のままでいるという選択肢は、彼らにとっては比較するまでもないことなのかもしれない。
日本、アメリカ、韓国などが北朝鮮の心を開くのに民主化、自由主義が有効なツールとなると考えているとすれば、なかなか厳しい未来が待っていそうだ。
<ならず者経済>は現代だけの問題ではない。歴史上繰り返されてきた。
ところが、調査を進めて、データ収集、訪問取材、情報分析をつづけた結果、<ならず者経済>は現代に特有のものではなく、歴史に繰り返しあらわれるものであることがわかった
歴史研究で、経済的な側面は非常に弱い部分だ。それがまして公的な文書が残る表の経済ではなく、記録には直接残らない<ならず者経済>だった場合はなおさらないがしろにされてきただろう。
歴史が現代人にとって役に立つ学問として成り立つために、このならず者の経済という視点は重要になってくるだろう。
以下、かなり強引かつ思いつきだが、本書の章のタイトルを歴史に当てはめたときにどんなタイトルになりそうか並べてみた。論証できればなかなか面白そう。
第一章 イスラエル人が女を買えば、アラブが儲かる
→武士が吉原に通えば歌舞伎が儲かる
第二章 超借金でアメリカは破産する
→和同開珎で律令制は崩壊する
第三章 アスリートたちはなぜ用心棒になったのか?
→島原の乱を主導したのが元武士だった理由とは
第四章 中国はカオスを食べて繁栄する
→ピンチのたびに大きくなった信長の秘密
第五章 偽造品と中国の熱い関係
→鉄のブランド価値が下がって誕生した卑弥呼
第六章 あなたの結婚指輪は血で汚れていないか?
→東北の犠牲で成り立った明治維新の大義
第七章 ダークな欲望を操るネット起業家
→貴族の欲望から生まれた平将門
第八章 漁業海賊は日本へホンマグロを運ぶ
→中世の経済を支えた村上水軍
第九章 なぜ政治家は大衆を怯えさせるのか
→桓武天皇の遷都の大義となった怨霊早良親王
第十章 市場国家は神話を好む
→明治政府が作った神の国ニッポン
第十一章 ギャング団はグローバル化に抵抗する
→武田信玄、上杉謙信が信長を認めない理由
第十二章 ならず者経済に対抗するイスラム金融
→モラルを守った江戸の「自警」経済連
おお、一冊書けそう。