読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

歴史ニュースウォーカー

歴史作家の恵美嘉樹が歴史のニュースや本の世界を歩く記録です

今年のサントリー学芸賞決まる

 公益財団法人のサントリー文化財団が13日、第34回「サントリー学芸賞」を発表しました。
http://www.suntory.co.jp/news/2012/11613.html
 この賞には「政治・経済」「芸術・文学」「社会・風俗」「思想・歴史」の4部門があります。
 思想・歴史部門はお二人。
広島大学平和科学研究センター准教授の篠田英朗(しのだひであき)さん
 『「国家主権」という思想―国際立憲主義への軌跡』(勁草書房
日本学術振興会特別研究員の郄山裕二(たかやまゆうじ)さん

「国家主権」という思想―国際立憲主義への軌跡

「国家主権」という思想―国際立憲主義への軌跡

 『トクヴィルの憂鬱―フランス・ロマン主義と〈世代〉の誕生』(白水社
トクヴィルの憂鬱: フランス・ロマン主義と〈世代〉の誕生

トクヴィルの憂鬱: フランス・ロマン主義と〈世代〉の誕生

選評の全体はこちら

以下は恵美嘉樹の興味のありそうな部分のみピックアップですが、歴史部門よりも、社会・風俗部門の酒井隆史さんの『通天閣』を読んでみたいと思いました。

通天閣 新・日本資本主義発達史

通天閣 新・日本資本主義発達史

酒井さんの受賞の言葉もいいです。

私にとって、この本を仕上げるまでの10年は大阪の一つの町――通天閣のある新世界の界隈、「ディープサウス」とも呼ばれています――に魔術にかけられたようなものでした。11年まえ、四天王寺南門前に引っ越してきました。はじめての大阪での生活でした。上町台地の長い坂を下って、漫画や映画のイメージ上でなじんできた塔が現実に、しかも近所にそびえているという事態に違和感を感じながら、その足下にひろがる一帯に足をふみこんで以来、長いこと解けない魔術でした。いま、本を仕上げ、住処をかえてふり返ってみると、10年間だけ、なにかべつの夢の世界にいたようなめまいのするような感にもとらえられます。この本は、その魔術にかけられたまま書いたようなものです。私自身は、この仕事は、一つの町への、一つの長いラブレターのようなものだと思ってきました。本来、こうした作業は、冷静で適切な距離をとるべきともされるのでしょう。しかし、多くの研究がそうなってしまうように、この本は魔術にかけられたまま熱にうかされたようにしか書けなかったものです。これ以降、二度とこのようには書けないと思います。

歴史部門はちょっと抽象度が高いです。。。


第34回 サントリー学芸賞 選評

<社会・風俗部門>
酒井 隆史(さかい たかし)(大阪府立大学人間社会学部准教授)
 『通天閣 ―― 新・日本資本主義発達史』(青土社

(略)
 そうした企画のなかでもとりわけ大規模なものとして、内国博覧会があった。その第五回の開催地が、「大阪市南区天王寺今宮」に決定したのは、1900(明治33)年のこと。大阪が、誘致合戦で、東京、仙台、名古屋等、他の候補地を押さえて勝ったのである。
 しかし、その大阪でも、どの地域にするかとなると、もちろん利権が絡む。資金力を有する者と議員連、そしてヤクザの親分衆らが、西区か南区か、オモテとウラとで最後まで争った末、この天王寺に決まったのであった。
 ではその候補地には何があったか。そこには田圃と、スラムがあった。人の住んでいない地域は開発に適しているけれど、問題は後の方である。北方面からの幹線道路である堺筋沿いには近世以来の貧民窟が広がっていた。住民の数は約一万。貧しい人々が木賃宿、長屋など、狭苦しい所に群がって住み、悪臭が鼻をつき、衛生状態は最悪で、コレラの巣とみなされていた。
 博覧会場を建設するためにはスラムを取り払わなければならないし、それもひとつの都市改造である。この事業は、ただの催し物ではない。“勧業博覧会”であって、明治天皇が六回も来られる、日本国近代化のためのいわば国策なのだ。では、住民の立ち退きを実質的に誰が受け持つか。それはヤクザなのであった。警察官が立ち退けとふれて回って、その後を、片っ端からヤクザが叩きつぶして行った。追われた住民は南方面に移動して行き、それが釜ヶ崎の起源になる。
(略)
奥本 大三郎(埼玉大学名誉教授)評

<政治・経済部門>
井口 治夫(いぐち はるお)(名古屋大学大学院環境学研究科教授)
 『鮎川義介と経済的国際主義 ―― 満洲問題から戦後日米関係へ』(名古屋大学出版会)

 鮎川は、明治13(1880)年、山口県に生まれ、昭和42(1967)年、没した。大叔父が井上馨、義弟が久原房之助岸信介佐藤栄作も親戚という濃密な長州人脈を背景に、卓抜な経営の才覚を発揮し、日産コンツェルンを作り上げ、関東軍の要請でこれを満州に移して満洲重工業を作り上げ、満州国の建設に大きな役割を果たした。その勢力は、関東軍参謀長の東条英機、国務院総務長官の星野直樹総務庁次長の岸信介、満鉄総裁の松岡洋右とともに、ニキサンスケと呼ばれるほどであった。
 この本は、鮎川の活動の国際政治的意味を解明しようとした研究である。鮎川は、日本の産業の高度化のために、アメリカ資本の導入が不可欠であると信じ、満州事変以後には、アメリカ資本の導入により、満州の経済を発展させると同時に、日米関係を安定させることを目指した。その構想の中核は、1937年から40年にかけて追求された、日産自動車とフォード自動車の提携工作だった。
(略)

 著者は様々な興味深い事実を明らかにしている。たとえば、満州国建国以後も、アメリカは、「満州は中国の一部」という建前の中で満州における総領事館を維持しており、そこを基盤に満州国の現状を分析していた。そして、満州が日本に対する資源供給においては成功していても、産業の高度化という点では失敗し、対ソ安全保障能力の強化という目的においても失敗していたことを把握していた。
 
(略)
 評者は次のように考える。すなわち、満州国ないし日本の側において、鮎川が望んだほど満州国は門戸開放的ではなかった。また、アメリカ国務省は、1920年代においても、日本の満州権益に対して非協力的であり、満州事変以後には、満州国の存在に対して強く批判的であり、その批判は日中戦争勃発後にさらに強まっていた。著者のいう修正門戸開放主義が機能する余地はかなり小さかったように思われる。
北岡 伸一(政策研究大学院大学教授)評

<思想・歴史部門>
篠田 英朗(しのだ ひであき)(広島大学平和科学研究センター准教授)
 『「国家主権」という思想 ―― 国際立憲主義への軌跡』(勁草書房

(略)

 国家主権とは何なのか。国際社会に関心を持つ者は、依然として国際社会の基本単位は主権国家であると了解している。しかし、その意味は何なのか。
 本書『「国家主権」という思想―国際立憲主義への軌跡』は、そのような疑問をもつ読者に対して、最もコンパクトで明晰な分析を提供してくれる業績である。本書が冒頭に明らかにするように、国家主権とは近代が生み出した概念である。しかし、それをどのように解釈するかは、時代の変遷とともに変化してきた。この変化を分析する本書は、絶対性・至高性という観点から強調される国家主権という概念が、実は民主制や法の支配を生み出してきた「立憲主義」の考え方と密接に関連しつつ発展してきたことを論証している。国内社会において、絶対君主の主権という考え方から、法の支配(立憲主義)のもとでの人民主権という考え方に展開してきたように、著者は、国際社会においても、法の支配を基調とする立憲主義(国際立憲主義)が国家主権の見方に影響を与えたのが19世紀から21世紀にかけての展開であると論じる。
田中 明彦(国際協力機構理事長)評

高山裕二(日本学術振興会特別研究員)
 『トクヴィルの憂鬱 ―― フランス・ロマン主義と〈世代〉の誕生』(白水社

 ここ十年ほど、日本でもトクヴィルへの関心が急速に高まってきたようです。マルクス主義全盛の時代には、歴史の流れに逆らった保守的政治家・歴史家として扱われていたトクヴィルですが、ソ連の崩壊で社会主義の道が閉ざされてからは、唯一残された選択肢である民主主義を徹底考察した予言者として高く評価されるに至っています。
(略)

 本書は、従来、アメリカ的な文脈のみで語られ、その冷徹な観察眼だけが称賛されてきたトクヴィルを、不可能な夢にとりつかれて憂鬱に陥った元祖ゼロ世代(1800年に始まるディケード生まれ)の一人と認識し直すことで、新しいトクヴィル像を描き出すことに成功したといえます。
 トクヴィルを現代的なコンテクストで読み替えようとする意欲作として高く評価したいと思います。
鹿島 茂(明治大学教授)評

なお選考委員(思想・歴史部門)は以下の方々です。
岩井克人国際基督教大学客員教授
鹿島茂明治大学教授)
田中明彦国際協力機構理事長)
御厨貴東京大学客員教授
鷲田清一大谷大学教授)

下のボタンをクリックお願いします!励みになります。

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村


PVランキング