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歴史ニュースウォーカー

歴史作家の恵美嘉樹が歴史のニュースや本の世界を歩く記録です

平安時代の東北地震津波(貞観地震)の復興について

福井の若狭湾そいには、三方五湖という湖があって、そのうちの水月湖は、湖底に7万年の堆積物が地層のように積もって、この間の1年ごとの年代測 定の基準となる世界的に超貴重な史料となっています。それを年縞(ねんこう)と呼ぶのですが、そのことを木曜日(2013年7月25日)のNHKの夜のニュー スでやっていました。

大きな地震があると、その揺れで堆積物も増えることから、その年縞(地層)を一枚一枚(1年1年)みていくと、約2900年ごとにこの地域で巨大 な活断層地震が起きていることがわかったと、大阪大准教授の原口強准教授が話していました。

福井といえば原発銀座。この2900年ごとの周期で、次の地震がいつなのか?
当然そこに関心が集まるのですが、それについては触れていませんでしたね〜。いろいろ想像させますなぁ。

というわけで、「原口強」でググったところ、福井の水月湖の論文は見つかりませんでしたが、東北の貞観地震について興味深い論文(PDF)がありました。

原口さんら複数の研究者によるわずか2ページの報告ですが、2007年に発表されたもののようです。(原口さんのHPだとその前段となる調査が 2006年に報告されているようでもありますが)


タイトルは「東北地方三陸海岸における津波堆積物調査」

三陸海岸の(岩手〜宮城北部)での津波堆積層の調査をした結果についてです。
そこに以下のような一文がありました。

貞観津波の地質学的証拠は仙台平野や福島県の沿岸部に分布しているという報告はあるが、岩手県で貞観津波の痕跡が確認されたのは初めてであり、こ れは貞観津波が今まで知られていない連動型巨大地震である可能性を示している。

岩手沿岸に幅広くではないのですが、大槌湾で貞観地震と政宗の時代(江戸初期)の慶長三陸地震津波堆積物が見つかっていたのです。

あと、過去2000年については、地層自体は残っているのに、大槌湾をのぞくとほとんど堆積物がなかったそうです。
ちょっと容易に断言できませんが、3・11の地震津波の規模は、貞観をこえて2000年前の弥生時代津波レベルだったのかもしれませんね。(そ もそも弥生の地震も仙台平野で広く堆積物が見つかっているだけで地震そのものの規模となると不明なのですが)

3・11後の地震研究者などの発言を見ると、東日本大震災貞観地震より大きかった!という人は皆無ですね。
津波の到達範囲はより内陸まで押し寄せているのですが、地形の違いや堆積物のラインと津波の到達ラインは別ものということもあるみたいで、簡単で はないのでしょう。


3・11後の私たちは、貞観津波=2011年と同じような巨大地震津波という知識がありますが、この論文を見る限り、地震研究の専門家のなかでも 2007年になって初めて貞観地震津波=岩手〜福島オーバーの地震という可能性が指摘されたようです。

東電を擁護するつもりはさらさらありませんが、
研究者が危険性を「小さく」指摘してから4年間で、行政や一般を含めた「広い」防災対策に反映させることはできなかったのも「歴史的事実」。


一方、可能性の段階で大げさに伝えれば「デマ」にもなりうる。「大きく(大げさ)」伝えないと伝わらない。

恵美嘉樹も、歴史地震については古代史研究のはしくれとして貞観地震のことを存在はちょっと知っていたのに、ちゃんと考えていなかった反省を抱い ています。
地震と歴史について、ハザードラボさんで連載ももたせていただきました。

そこでは、アクセル踏み込みすぎのところもあるのではと常に考えながらアクセル踏んでいます(オイオイ)。
これからも逡巡しながら、歴史地震のことを調べ、紹介していこうと思っています。

という長い前口上は、そのハザードラボの毎週連載「ハザード今昔」が更新されましたというお知らせでした。

テーマは貞観地震平安時代の巨大地震後の復興について、主に考古学の情報から書きました。ここまで読んでくださった方は当然読んでくださいますよね笑


本文はこちら(ハザードラボ)