歴史ニュースウォーカー

歴史作家の恵美嘉樹が歴史のニュースや本の世界を歩く記録です

長期的に復興の核となる遺跡や歴史が、復興のさまたげと言われないために

 東日本大震災の被災地である太平洋沿岸では、高台への集落移転が進められています。その移転先の高台には、昔からなぜか縄文時代の遺跡があることで知られていました。
 温暖化で海が上昇する「縄文海進」では説明ができないほどの高さの地形に、海産を主体とする生活をしていた縄文人が拠点を持っていたことは、つい最近まで謎でした。「最近」というのは言うまでもなく、2011年の東日本大震災です。
 その後、津波との関連が指摘され、様々な説や遺跡などが発見、再発見されています。(参考拙稿第十巻 縄文人と弥生人から見る災害と日本人のルーツ| ハザードラボ


 今年の5月には、宮城県気仙沼市唐桑町大沢地区にある「波怒棄館(はぬきだて)遺跡」の縄文時代(前期前葉、5500年前頃)の地層から、クロマグロの骨が大量に見つかりました。6月末までの調査で、最終的には1万個を超えると考えられているそうです。(参考:上のキャプチャー画面http://www.yomiuri.co.jp/otona/news/20130516-OYT8T00477.htm
 これも、高台移転の候補地に伴う調査です。
 現代の気候では宮城沿岸でクロマグロはとれませんが、当時の温暖な気候では、クロマグロが回遊していたようです。また、マグロの骨には数十センチ単位でぶつ切りにした痕跡が見つかりました。「調理」をした道具と見られる石を割って薄い刃物にした「石刃」も一緒にたくさん見つかっているそうです。
 こうした縄文時代の生業の実態というのは、なかなか分かりません。しかし、縄文人が「情報化」されていない中で、津波の記憶をどう伝えて、どうして不便な土地に生活を営んだのかを分かる「唯一」の情報は考古学の調査しかありません。

2013年6月5日の読売新聞文化面には、こうした重要な知的な復興を担いながら、「復興の邪魔」と虐げられる文化財調査の実状がルポされていました。

 新たに住宅地を造成する上で必要な埋蔵文化財調査が「復興の足かせ」と見なされないよう、短時間で調査を終えるべく現場は懸命だ。

 それによると、現場では「風評被害」を避けるべく、試掘調査や本調査と平行して、順次、一部の区画を引き渡して、従来の工程よりも1年以上短縮することができたそうです。
 さらに、盛り土などでかさ上げして遺跡を壊さない場合は、調査をしないなどして、本調査は遺跡の3割に絞り込んだのだとか。
 
 文化庁の主任文化財調査官禰宜田佳男さんは

 さあ復興工事に入ろう、という直前に埋文調査があるから。さらに『発掘調査に1年かかる』と言えば、『1年間復興工事が凍結される』と誤解されてしまう

 とコメントしています。

 しかし、前述のクロマグロの骨の発見のようなニュースがあると、現地説明会には350人もの人が訪れたそうで、宮城県文化財保護課の天野順陽さんは

 移転先に遺跡があるだけで「復興が遅れる」というイメージがでがち。発掘を肯定的にとらえてもらえて安心した。調査をしないと、地元の歴史が失われることを理解してほしい

とコメント。
 やはり情報公開が大切だ、ということです。

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