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歴史ニュースウォーカー

歴史作家の恵美嘉樹が歴史のニュースや本の世界を歩く記録です

世界最速ツッコミ!煬帝の墓は裸!煬帝の墓は裸【画像あり】

胸のドキドキが止まりません!!と無邪気にはしゃぎたいところですが、陰でもっとギラギラワクワクしながらがま口財布をあけて金勘定している輩がいると想像すると、身の引きしまる、シメサバになった心境です。


 中国でのカネの匂いのする大発見には、「偽造99%認定」の立ち位置から始めるのが、基本です。
 NHKのように「隋王朝の煬帝の墓見つかる」と先走って断言するのは、偽造集団を喜ばせるだけです。本物なら本物で10年かけて確認すればいいだけの話です。

 まずは最低、下の3つの疑問くらいはクリアしてほしいものです。

1 都市開発とやらが、最近の開発バブル崩壊で頓挫していないか

2 盗掘されたのに、なぜ「最も重要な」(古来中国の古物マーケットにおいては漢字が書かれているものが一番カネになる)墓誌が残っていたのか。

3 同じく、なぜ、年代測定しやすいが換金性の低い人骨が「盗まれ」、金や銅などの金目のものが残っていたのか。 


NHKより

隋王朝煬帝の墓見つかる
4月15日 22時59分

 中国東部の江蘇省で、都市開発の工事の際に偶然、1400年前に大運河を築いたことなどで知られる隋王朝煬帝のものとみられる墓が見つかったと、地元の当局が発表しました。

 中国国営の新華社通信などによりますと、墓が見つかったのは江蘇省揚州の郊外で、都市開発の建設工事の際に偶然、面積が30平方メートルほどの古代のれんがでできた石室2つが見つかりました。地元の文化財当局が調査したところ、石室のうち1つから「隋の煬帝」と書かれた墓誌のほか、銅製の工芸品や玉がちりばめられた金のベルトなどの副葬品が発掘されました。

 盗掘の跡があり、人骨などは見つかっていませんが、地元当局は、発掘された副葬品は高貴な人物にしか見られないことなどから、墓の主は隋の第二代皇帝、煬帝と基本的に認定できると発表しました。煬帝は中国の南北を縦断する大運河を築いたほか、聖徳太子が当時の中国を日本と対等にみて「日出づる処の天子」で始まる手紙を書いたことに激怒したことなどで知られています。
(略)


 江蘇省揚州には、すでに観光地として有名な煬帝の陵墓があるそうです。

 中国メディアによれば
 見つかったのは、こういうところで、こんな遺跡。遺構自体は本物ですね。

 で、見つかったのはこんな感じ。

中国のメディア報道

 碑の写真は、まだネットでは見つかりませんが、墓碑の内容は、歴史資料と矛盾しないそうです。当たり前です。偽物なら、歴史資料をもとに碑を造るからです。

【追記】
こんなものでした。こちらのブログから

 
 つごうよく破損していて、見える部分は
“隨故煬帝墓誌”(隋の煬帝墓誌
“隨大業十四年”(大業14年に)
“帝崩于揚州”(帝が揚州で死にまして)
“于流珠堂”(珠堂で埋葬しました)
など。
 予想通り、史書で分かっている情報だけが書いてあります。つまり簡単に捏造できる内容。

 一番気になるのは、中国の碑には厳密な原則があって、皇帝の名前などの前には、敬意を示して一字空白をあけるのです。それがない。
 
 まあ、唐の時代に改葬したものだから、前の王朝に敬意を示していないということもありえますが。

 あとは、全体的に傷だらけなのに、文字の部分の彫りだけは妙にくっきりしているのも、写真だけですが、いやーな印象です。

 
 【追記以上】


 ちなみに中国でも共産党でありながら、日本同様、皇帝の陵墓となると発掘できません。秦の始皇帝の墓を守る兵馬俑も、墓本体の場所は分かっていますが、発掘はしませんね。

 前に奈良に中国の陵墓の出土品が来ましたが、それも最高がたしか「皇帝の弟」だったような。


 まあ、どういう結果になるか分かりませんが、ゾクゾクと続報が出てくるでしょうから、ゆっくり結果を待ちましょう。
 
 数年前に世間をにぎわした三国志曹操の墓は、本物説が強くなっているようです。権威主義的ですが、ちゃんと河南省の文物考古学研究所という公式の研究機関が調査に入っているからです。

 今回は、どんな人が「識者」として出てくるかがポイントです。
 チュウヨンピル教授(エジプト考古学)や
 サモハンキンポー教授(脳科学)とかだとダメです。

「偽の歴史」エントリー

 

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