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歴史ニュースウォーカー

歴史作家の恵美嘉樹が歴史のニュースや本の世界を歩く記録です

昔の公務員はこんなめんどくさい仰々しいやりとりをしていました。今も面倒か、お役所は

飛鳥時代

鳥取市の良田平田遺跡で発掘された文字が書かれた木簡が、飛鳥時代の文書だったことが分かりました。鳥取県教育文化財団がおととい(2013年3月4日)、発表しました。
 大宝律令(701年制定)で、公文書の様式が決められる前のもので、文書でなく口頭で情報を伝えていたころの名残りだということです。
鳥取県教育文化財団のPDF
共同通信
 表には「□□□御前□白寵命」(□□□は偉い人の名前、□は「謹」だったと思う)、裏に「使孔王部直万呂午時」と記されていました。

 翻訳こんにゃくすると

 なんとかさん(=偉い人)の前で謹んで申し上げます。ご命令を受けて、孔雀王(うそ)をお昼時に使わせて物を渡させます

 みたいな内容だと思われます。

 良田平田遺跡にあった地方役所から、別の役所に人を派遣したときの文書で、派遣された人が帰ってきて、捨てた、ということでしょう。

 「前白」「寵命」という表現はこの時代の木簡でよくあるパターンで、考古学では前白木簡と呼ばれているんだとか。この言い方は、もとをたどると中国の南北朝時代の公のスタイルです。

 中国は、話し言葉は地方によって全然違って、口語では会話できないことが今でも多いので、こうしたテンプレート化(文書化)が重要でした。

 中国南北朝時代ですから、例の鬱でジャンキーな王羲之さんもこんな木簡にさらさらと書いていたんでしょう。


 なお、「孔王部直万呂」は人の名前で「あなほべのなおまろ」、「午時」はお昼頃、ですね。

 木簡の大きさは、長さ約19センチ、幅2・5センチ。中国地方では最古だそうです。

木簡な2冊↓

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