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歴史ニュースウォーカー

歴史作家の恵美嘉樹が歴史のニュースや本の世界を歩く記録です

年末の坂の上の雲はじっくり見ていました。

近現代

旅順港攻略の乃木大将を演じた榎木さんがとくによかったです。最終回の海戦もすごかったですが、その後のエピソードがだらだらして全部飛ばしましたが。(録画なもので)

明治の軍人のすごさは、武士道にあるのでしょう。江戸時代の武士が武士道をまっとうしていたとは思えませんが、明治時代はよくもわるくも理念を現実化してしまったすごい時代です。

そんなすごい軍人に再び光をあてたのが、ノンフィクション作家の足立倫行著『死生天命―佐久間艦長の遺書』(ウェッジ、2011)です。

死生天命―佐久間艇長の遺書

死生天命―佐久間艇長の遺書

佐久間艦長とは、講談社の日本人名大辞典から引用すると

佐久間勉(1879−1910)
明治時代の軍人。
明治12年9月13日生まれ。日露戦争後、潜水艇の研究をおこなう。第六潜水艇長として、明治43年4月15日山口県新港(しんみなと)(現岩国港)沖で潜水訓練中に艇が沈没,その詳細な記録をのこして乗組員13名とともに殉職した。死後海軍少佐にすすむ。32歳。福井県出身。海軍兵学校卒。
【格言など】小官の不注意により陛下の艇を沈め部下を殺す,誠に申訳無し(遺書)


 足立さんは、東日本大震災をめにしたことで、死を目前にした人がどのように行動し、しかも冷静に死を迎えられたのかに関心をもち、佐久間艦長のゆかりの地である、故郷の福井県、事故のあった山口県などを歩きルポしたものです。

 当時、海外での潜水艦事故では、乗組員がパニックになり、ハッチに殺到して折り重なるようにして死亡したり、遺体には殴り合ったあとがあったりとして不名誉な死に方をしていたそうです。
 佐久間艦長の第六潜水艇は、乗組員がそれぞれの持ち場につき、最期まで役目に全力を尽くしたまま、ガソリンガスによる窒息死(中毒)となりました。
 さらに佐久間艦長が、冷静に事故後の状況を淡々と、そして最期まで部下を思いやる内容の遺書兼報告書を残していたことが、日本のみならず世界中に感動の嵐を起こしました。

 興味を持ったのは、明治のころの潜水艦の仕組みです。
 第2次大戦では、ドイツのUボートはじめ外洋で次々に船を沈めていたので、強力な攻撃兵器という印象が強かったのですが、このころは、潜水しながら進むことは非常に難しく、水中で進めるモーターは、エンジンで海上をゆくのに比べてスピードも航続距離も10分の1しかなかったそうです。そのため、沿岸にしか配備できませんでした。専守防衛用だったんですね。(98pあたり)