歴史ニュースウォーカー

歴史作家の恵美嘉樹が歴史のニュースや本の世界を歩く記録です

古代史を学ぶ意味とは何でしょう?

日本の原像 (全集 日本の歴史 2)

日本の原像 (全集 日本の歴史 2)

今回は、現在刊行中の日本の通史シリーズの1冊をご紹介します。
著者は平川南(ひらかわみなみ)さん。国立歴史民像博物館館長でもある平川さんは、考古学の成果により地中から出土される出土文字史料の大家でもあります。そんな平川さんの本領発揮となる史料満載な一冊といえます。

本書の冒頭には次のようにあります。「歴史が未来を切り拓く」。歴史を学ぶことで現代社会をみつめなおすことを目指しています。

そもそも歴史を学ぶことの意味とはどんなことなのでしょうか。恵美も歴史好きです、もちろん。大元にあるのはやはり「おもしろいから」です。そこからしかスタートできないと思うのですよね。
ただし、平川さんの指摘しているように、現代社会にどうかかわっているのか、という視点も不可欠でしょう。「昔はこうだった」ではなく、「今とどうちがうのか」という視点。これは必須でしょう。この視点がなければ、文学部系学問が危機的状況の今、「歴史なんて意味ねーよ」と切り捨てられてしまいかねません。
恵美も歴史のおもしろさを伝えたい、そういう一心で執筆をしているわけですが、どうすればおもしろさがより多くの人に分かってもらえるのか。そういうことを考えさせられました。

と、前口上はこれぐらいにして。本書の大きな特長は出土文字史料ですね。地中から出てくる出土文字史料とは、木簡、墨書土器、漆紙(うるしがみ)文書が主要な物です。これらが発見するまでは、いわゆる紙に書かれた書籍で歴史を述べることばかりでしたが、近年の大幅な出土により歴史研究の幅が大きくなったことはいうまでもありません。

平川さんはそのなかでも権威中の権威。全国から集められたさまざまな情報があつまるキーパーソンでもあるようです。だから本書も情報がいっぱい。なわけです。

たとえば、新聞をにぎわした稲の品種改良をしめす木簡。現代社会にも通じるアプローチでいききと書かれています。古代に稲の品種改良が行われ、それが近世までずっと続いたとのこと。その目的は第1に「同じ田に同一品種を毎年つくらないという鉄則は、稲作本来の定法」(93ページ)だったということ。だんだんと同じ種類だと土地の収穫量が少なくなるそうです。
第2に農繁期の時期をずらして労働力を確保するため。当時の農耕は郡司と呼ばれた地方に根付く役人が住人を動員して農作業をやっていたようです。そのためにも労働力の確保が必要だったようです。
第3に、「風水害に対する措置」。品種改良といった場合に、一番イメージしやすい点でしょう。
平川説の特長は、古代の農作業が郡司によって組織的に行われていた点を強調することです。でも、組織されない人々もいたはず。かれらはどうやって農作業をしていたのでしょうか。文字史料にたよった場合、文字を書けなかった人たちの姿はまったくわかりようもありませんが、すべてを木簡など文字史料だけに頼って歴史を描くことも、もしかしたら一部の特殊な例にすぎないかもしれません。

本書の一部を紹介しましたが、果たして平川さんの目指した通史は読者に伝わっているのでしょうか。私には正直いってむずかしすぎるのではないか?と思いました。というのも、一般的な通史とちがって、時系列ではなくテーマを取り上げて論じているからです。これはとても特徴的で、効果的な見せ方でもあります。しかしあくまで全体がわかっている人向け。今のところ本シリーズのうち2、3巻を読みましたが、「一通り歴史を知っている人が、次に踏み込んで読むための通史」というイメージがしました。他との差別化は図れていてとてもおもしろい内容とは思いますが、はたして一般読者にどの程度訴えているのかどうか。今後の続巻に期待します!


■恵美の疑問メモ
(49ページ)飛鳥周辺地域の地図。飛鳥寺の範囲が宮をはるかにしのぐ大きさになっている。