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歴史ニュースウォーカー

歴史作家の恵美嘉樹が歴史のニュースや本の世界を歩く記録です

日本人の経済観念のはじまり『戦国期の室町幕府』

戦国期の室町幕府 (講談社学術文庫)

戦国期の室町幕府 (講談社学術文庫)

今谷明『戦国期の室町幕府』(講談社学術文庫1766、1000円)

今日は、前回紹介した『浅井三代』からバトンを引き継いで戦国ものです。今谷氏は1942年生まれ。国際日本文化研究センター教授ですが、Wikiによると都留文科大の学長に今年春から就任するそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E8%B0%B7%E6%98%8E

本書は1975年に角川書店から出され、2006年6月に文庫化されたものです。恵美が『浅井三代』を読んでいて、そういえば今谷明氏の『戦国三好一族』(洋泉社MC新書、2007年)って面白かったなあと思い出して、今谷つながりで読んだのがこの本です。(ややこしい)

戦国 三好一族―天下に号令した戦国大名 (洋泉社MC新書)

戦国 三好一族―天下に号令した戦国大名 (洋泉社MC新書)

今回は第四章「落日の室町幕府」を取り上げます。

前回の『浅井三代』の中で著者の宮島氏が「戦国大名の研究は武田や毛利など辺境の大名ばかりで、畿内戦国大名の研究は進んでいない」と指摘していましたが、今谷氏は文庫版あとがきにおいて、
戦国大名研究の盛行にもかかわらず、畿内は研究が空白で、研究者が相手にしていないエア・ポケットであったからだ」(P313)
と書きます。

30年前から研究状況(姿勢とでも言いましょうか)が変わらないとしたら、それは史学界全体の怠慢である!
などと一応偉そうなことを言ってみて、本題に移ります。

本書の最大の価値は、信長に滅ぼされるまで続いてきたと思われていた室町幕府の合間に「堺幕府」という存在があったことを初めて明らかにしたことでしょう。

改元、空白の3ヶ月」の謎を紐解いていくさまは良質なミステリー小説のようです。朝日新聞で書評委員をするなど今谷氏のストーリーテラーとしての才能は、処女作である本書にも存分に発揮されていることがわかります。

「この改元は年の途中でも関係なく、改元のその日から新年号に改まる。ところで改元されてから、数ヶ月経ってなお、旧年号を用いた公文書が存在するとしたら、それは何を意味するのであろうか。」P230

「ここにおいて、年号疑問の十五通を含む四十三点の奉書が、足利義維の政権下(恵美注、堺幕府のこと)に発給されたことが判明した」(P239)

「敗北を喫した将軍義晴・管領高国以下室町幕府の武将は京都を撤退して近江坂本へ逃亡するに至った」P240

「こうして数ヶ月間におよぶ堺政権の改元不承認という事態に至ったのであった」P246

一方で、今谷氏は、埋もれた天下人、三好長慶を「発掘」します。これは『戦国三好一族』に詳しいので後日紹介できればと思いますが、その一方で、恵美が非常に気になったのは、長慶の不倶戴天のライバル、「茨木長隆」です。

「京畿を左右する実権者であった茨木長隆の名は、歴史の裏面に埋められてしまったのである。」P266

なんでも茨木さんは日本で初めて鉄砲を、狩猟でなく戦争に使った人物なのでそうです。史料は三好によって全く破棄されたそうですから、この人が活躍するとしたら小説の出番となるでしょう。読んでみたいです。

本書のもう一つの魅力は、経済という視点が持ち込まれていることです。
21世紀に書かれた歴史書ならまだしも、30年前にこうした視点を取り入れたのは珍しかったのではないでしょうか。今谷氏が若いときに大蔵官僚を数年勤めていたことがバックグラウンドにあるのではと想像します。そして、この経済の視点こそが、30年前の本書が現在読んでも色あせない要因だと思います。

ビジネスパーソン、特に経営者に読んでほしい一文があります。

三好長慶がなぜ事実上の「天下(畿内)統一」を果したのに長続きしなかったのかについての考察です。

「ところで今日、三好・松永関係の文書は約千点ばかり残存しているが、禁制(高札)を除いては大半が年紀(差し出された年)を記さない書状形式の文書である。行政や通達に関する命令に書状の形式をとっているということは、後世に証拠文書として残存した場合の重要性をほとんど意識していないということだから、そういう権力は暫定的な性格であり、制度的に固まったものではないことが推測される」P272

目先の利益にばかりひた走る現代社会に対する歴史学からの貴重な警鐘となっています。

経済が自立し現代の市町レベルの中核都市が生まれたのは中世からとされています。日本人の経済観念の原点を知るためにも、本書は必読の書です。